サンローランのアンソニー・ヴァカレロ、ドレスメイキングの手法でメンズテーラリングをエレガントに昇華【2024年秋冬コレクション】
2024年3月5日(仏現地時間)、パリでサンローランの2024年秋冬メンズコレクションが発表された。様々な解釈のスーツがトレンドとなった今シーズン、決定打となるデザインに注がれたのは創業者イヴ・サン=ローランのパーソナルスタイルだった。 【写真を見る】サンローラン2024年秋冬コレクション全ルックをチェック! 多くのスーツが披露された今シーズン、最後にとどめの一撃を繰り出したのはサンローランのアンソニー・ヴァカレロだった。 この2カ月間、メンズウェアの先頭に立つデザイナーたちが様々な解釈によるスーツを発表してきた。ファレル・ウィリアムス率いるルイ・ヴィトンの西部開拓時代のダンディズムから、プラダの夢見る企業戦士たちまで、今シーズン際だった瞬間をもたらしたのはテーラリングだった。シェイプ、サイズ、そして美意識において、そこには無限の可能性が感じられた。来たる冬、ストアは1920年代(フェラガモ)、1990年代(グッチ)、そして未来のスタイル(リックオウエンス)を取り入れたスーツで溢れかえるだろう。そしてそのどれもが、今の時代に着るのに相応しいものなのである。ランウェイを無難で商業的なスーツが席捲した数年を経て、デザイナーたちは自身の最もラディカルかつ魅力的なアイデアをテーラリングを通して表現し始めた。 ■ランウェイに登場した“イヴ・サン=ローラン” そこに決定打となるかもしれないステートメントを放ったのがヴァカレロだった。サンローランのクリエイティブ・ディレクターとして、彼は近年で最も目を見張るスペクタクルをメンズウェアの世界にもたらしてきた。そして3月5日(仏現地時間)の夜、彼はすでに十分高い水準にあった自身のハードルをさらに超え、傑出したテーラリングの数々でパリ・ファッションウィークを締めくくった。高いドーム天井が見下ろす美術館「ブルス・ドゥ・コメルス─ピノー・コレクション」という舞台立ては、2024年秋冬シーズン最後の大物メンズショーの会場として相応しいものだった。 バックステージでヴァカレロは、そのタイミングは狙ったものではないと話した。会場となったスペースを貸したのは親会社ケリングのCEOフランソワ=アンリ・ピノー(美術館のコレクションを所有するフランソワ・ピノーの息子でもある)だが、2つの展覧会に挟まれた期間中に使用できたのがこの日だけだったのだ。偶然にも今シーズンのトリとなったそのショーは、イヴ・サン=ローラン本人のパーソナルスタイルへのオマージュから始まった。グレーのフランネルを用いた長めのダブルブレストスーツ、糊の利いた白シャツ、ブラックのネクタイ、それに眼鏡という出で立ちの最初のモデルは、「天才少年」と呼ばれた創業者の1970年代の姿そのものだった。イヴその人とも言うべき彼が円形の広間を歩いて行くと、100名ほどいたゲストの視線がさざ波のように彼を追っていった。 厚手のフランネルにやや絞ったウエスト、ゆったりとしたトラウザーズ──。それだけ聞けば、このスーツはあたかもブランドのアーカイブからそのまま引っ張り出してきただけのようにも思えそうだ。しかし、このイヴ・サン=ローランの分身はまったく古びて見えはしなかった。ダブルブレストのジャケットとハイカラーシャツを天才クリエイターたる自身の象徴へと転換させたイヴのパーソナルスタイルは、決して古びることはないのである。それに現在、裾をややロールアップした彼の大きめのトラウザーズは、シャープなスキニーパンツの代名詞となっていたサンローランからすると特に新鮮なものに見える。今季のデザインについてヴァカレロは、「古典様式を最大限に」狙ったとバックステージで説明した。 ■スーツとドレスの融合 しかし本当のツイストは、オマージュの対象がイヴのパーソナルスタイルから彼のデザインへと切り替わった後半にあった。伝統的なテーラリングではなく、ドレスメイキングの手法が用いられたスーツの数々である。前者がかっちりとした仕立てに重きを置くのに対し、後者では流麗なドレーピングが重要視される。サンローランはそのどちらでも高名なブランドだが、ヴァカレロのアイデアはその二つを一着のガーメントに落とし込むことだった。そのために彼は、軽やかなシルクのクレープ生地を用い、ショルダーパッド以外にしっかりとした構造をもたらす仕立ての技術を排していった。 「サンローランでは、シルエットは肩から始まるといつも言っています。ですから、今回も肩から始めました」と、ヴァカレロは話した。光沢を湛えたシルクが肩から流れ落ちるようにドレープしたジャケットは、モデルが一歩一歩進むたびに揺れ動いた。とろみのあるトラウザーズにはまったく裏地が施されず、シナモンやローズ、チョコレート、オーキッド、ピーチといったカラーがエレガントに波打つように様々な表情を見せた。これはその核となる本質のみへと還元されたスーツであり、美しく斬新なアイデアがメンズウェアの最も伝統的なイメージに宿った姿なのである。 「このコレクションでは、小細工は一切したくありませんでした」。本コレクションの厳格ともいえるほど明確なフォーカスについて、ヴァカレロはそう説明した。ランウェイでは最終的に30着弱のスーツスタイルが披露されたが、それ以外のアイテムはほぼ皆無で、ニットウェアやレザーアクセサリー、バッグでさえ登場することはなかった。これがヴァカレロの思い切りのよさなのだ。彼は、考え抜かれた一つのアイデアを繰り返し繰り返し提示することで、人々の頭にクリアなイメージとして定着させようとしているのである。 誰もがそのシルエットに注目していたが、ヴァカレロはそれをチャンキーなスクエアトゥのダービーシューズや、(映画『アメリカン・サイコ』に登場する殺人鬼)パトリック・ベイトマンを思わせるコートで大胆に引き立たせた。『アメリカン・サイコ』との類似は、ヴァカレロ自身もショーのルックをまとめている最中に気がついたという。その類似点を彼は「気に入った」と話す。「一見普通に見えても、意外なひねりがあるということですからね」 ヴァカレロは今回のコレクションを、自身が近年手がけたなかで最もウェアラブルなものだと話す。それと同時に私が感じたのは、ポエティックなこれらのスーツは今の男性に響くあるファンタジーにも通じるのではないか、ということだった。それは、服というのは身体を覆い隠すよりもよっぽど何かを露わにするのではないか、という考えである。クラシックなメンズウェアのマスキュリンなルールに則りながら、同時に創造性を体現することも可能なのではないか──イヴ・サン=ローランのスタイルがそうだったように。 ヴァカレロは、自身のカスタマー(例えば、キリアン・マーフィーがそうだ)が求めているものはまさにそれだと教えてくれた。「彼らが探しているのはこういう服なのです」と、彼は言う。「何か特別なルックを作ろうと話し合っているとき、彼らはとても男性らしい服を求めていながら、男性らしさのステレオタイプにはなりたくないと言います。このコレクションは、まさにそれなのです」 From GQ.COM By Samuel Hine Translated and Adapted by Yuzuru Todayama