自民は増田元総務相を擁立の流れ 都庁では「実務派トップ」待望論も
自民党の小池百合子・元防衛相(63)が党の推薦を得られないまま正式に立候補を表明したことで、「保守分裂」の選挙戦が必至となった東京都知事選。一方の有力候補とされる岩手県知事や総務相を務めた増田寛也氏(64)は、参院選後の11日にも自民党都連の要請を受け、正式出馬を表明する流れとなりそうだ。増田氏には公明も相乗り推薦するとみられ、都庁内には「いわゆる『政治家』ではなく、堅実で行政実務に通じたトップ」を望む声が少なくない。 【図】全国で13人、目立つ「総務省出身」知事 一時は櫻井パパも浮上
恫喝や議会との軋轢に悩まされた歴代知事時代
「石原時代は『懐刀』の副知事の恫喝や威嚇に幹部一同が縮みあがり、猪瀬氏には副知事時代からメディアを意識した突発的なプロジェクトに悩まされ、知事就任後は与党を含む議会との軋轢が難題でした」 ある都庁幹部は歴代の知事をそう振り返る。舛添氏時代については「一連の不正疑惑が発覚した後、水道料の滞納集金など都の公共料金収集業務は一か月以上にわたってストップせざるを得なかった。職員らは集金先から罵声を浴びせられた」と切って捨てた上で、「アクの強すぎる3人の『政治家』に比べれば、行政に通じた実務型の増田氏は遥かに安定感がある」と語った。
改革派知事として頭角、3期務める
すでに先月末、「崖から飛び降りるつもりで」と一度目の出馬表明を行っていた小池氏は高い知名度を誇る一方、増田氏は都議会自民党に加え、都内23区長のうち衆院議員である小池氏の選挙区(豊島区・練馬区)を除く21区長、さらに市長会からも出馬要請を受け、民進党の候補擁立が大幅に遅れる中、現時点で最も都知事の座に近いとみられている。 その人物像を本人のホームページなどから紹介すると、増田氏は東京生まれの東京育ち。父親は官僚出身で参院議員も務めた。東大法学部卒業後、1977年に建設省(現・国土交通省)に入省。94年12月に岩手県知事選出馬を決意して退官するまでの間、千葉県警本部交通部や茨城県鉄道交通課への出向も経験している。 95年の一期目は当時新進党の小沢一郎氏らの支援を受け、自民推薦の前副知事に大差で勝利した。当時43歳で知事では全国最年少だった。2期目は小沢氏と決別し、共産以外の各党の推薦を得て圧勝。改革派知事として頭角を現し、岩手県知事として2007年まで3期12年を務めた。ただ公約倒れに終わった政策も多く、「県の債務を増大された」との批判もある。 知事退任後は民間閣僚として第一次安倍改造内閣で総務相に就任。福田康夫内閣、同改造内閣でも引き続き総務相を務め、地方再生の一環として地方交付税を財政力の脆弱な自治体に優先配分する政策などを打ち出した。