移民の失業、貧困……パリ郊外の10階建て団地での出来事を描く「バティモン5 望まれざる者」
TOKYO FMのラジオマン・延江浩さんが音楽や映画、演劇とともに社会を語る連載「RADIO PAPA」。今回は映画「バティモン5 望まれざる者」について。 * * * 開催まで1カ月を切ったパリオリンピック。セーヌ川で行われる開会式では、史上初めて船で選手入場が行われるという。先の東京五輪の閉会式ではエッフェル塔の上をジェット戦闘機が色とりどりのスモークを吐きながら誇らしげに飛んだのを覚えている。 五輪の理念は「広く開かれた大会」だが、いやが上にもナショナリズムが高まるのはオリンピックの常。そして、総選挙では移民に不寛容な極右勢力(国民連合〈RN〉)の優勢も伝えられるのが気がかりだ。そしてもう一つ、フランスの「分断」をイメージする映画も公開されている。 「バティモン5 望まれざる者」は、旧植民地出身の移民や低所得者が住むパリ郊外の10階建ての団地の出来事を描いている。
タイトルにある「バティモン5」とは団地の通称。急死した市長の後を受け、臨時市長となったピエールは理想に燃え、治安の回復を掲げ、老朽化の進んだバティモン5の取り壊しを強行する。移民の失業が増大し、団地は貧困化。管理が行き届かず、エレベーターは故障し、廊下では電気もつかない。近辺では犯罪も多発している。「この団地は倒壊の危険がある。すぐに退去すること」と警察が団地に住む人々を取り囲む。 そこに立ち上がるのが個人で移民問題に向き合い、市役所に勤務しながら移民を支援してきたマリ出身の親を持つ移民2世の女性アビー。聡明な彼女は抗議デモを続けながら市議選での立候補を決め、法に基づき戦いを挑み始める。信念は「それが私の母国フランスのルールだから」。 移民側と行政の対立はある出来事をきっかけに街の破局に突き進む……。 ストーリーの中で、気になったのは臨時市長になったピエールの心の動きだった。彼は小児科医であり、家庭を大切にする善良な市民でもあった。それがひとたび権力を握ると法の順守の名のもとに移民を排斥し、整理する側に回る。それはいったいなぜだろう。「レ・ミゼラブル」でカンヌ国際映画祭審査員賞を受賞したラジ・リ監督が投げかける重い問いが頭から離れない。 (文・延江 浩) ※AERAオンライン限定記事
延江浩