災厄の中でこぼれ落ちた異邦の死者「見えない被災者」に光を当てる(レビュー)
東日本大震災を振り返ると、巨大な揺れをしのいだ後、なかなか被害の全貌がわからなかった。どこで何が起きているのか。一時間経ち、一日経ち、一ヶ月経ち、徐々に被害の状況が明らかになっていく。一三年経つ。本書を読んで、我々はまだあの災厄を掴み切れていないのだと痛感した。 著者は東日本大震災の外国人死者数が正確に把握されていない現実を目の当たりにする。厚生労働省の担当者でさえわからない。自治体への届け出がなかったり、通称名で暮らしていて周囲の人も本名を知らなかった例もあり、把握が難しい。この本は統計からこぼれ落ちた知られざる死をすくいあげ、外国人被災者という視点から、語り尽くされたと思われがちな「被災地」の見えない側面をあぶり出した。石巻で被災した外国語指導助手のテイラー・アンダーソンさんは繰り返し報道されて有名だ。しかし、「震災で亡くなった白人のアメリカ人女性の死は毎年大きく報道される一方で、フィリピン人やパキスタン人の死はこれまで決して報じられることがなかった」と、著者はメディアも日本特有の「ゼノフォビア」(外国人嫌い)に加担してきたのではなかったかと指摘する。各国から支援を受けながら外国人に冷淡な日本の姿が浮かびあがった。 生き残った外国人も、頼るべきコミュニティを見いだせなかったり、職を得られずに家庭崩壊したりと一人ひとり違う苦難を抱えていた。社会的に認知されない、国と国の狭間で行き詰まる苦難である。本書では見過ごされていた人たちの生きた証が示されている。同時に彼らが忘れ去られた存在ではないことも知った。生前の故人についての証言を通して、同僚や友人たちとの交流の様子、さらに人柄にまで触れることができた。 テイラーさんの「日米の架け橋になりたい」という遺志を継いだ両親が被災地の小中学校に本を寄付している。その本を納める本棚の製作を、自分の子どもたちを津波で亡くした木工職人の遠藤さんが生き残った罪悪感を抱えながら引き受け、担った。途方もない災厄に隠れて見逃してしまいそうな小さな光を感じた。「人は何のために生きるのか」と最後に著者は問う。人が生き、それを側で見ている人が必ずいて、精神が受け継がれる。その精神が本書を通じて世に問われることを歓迎したい。必ず災害は起こる。どこからきてどこにいようと、命が救われ、等しく扱われるように願う。 [レビュアー]佐藤厚志(小説家) 1982年宮城県仙台市生まれ。東北学院大学文学部英文学科卒業。仙台市在住、丸善 仙台アエル店勤務。2017年第49回新潮新人賞を「蛇沼」で受賞。2020年第3回仙台短編文学賞大賞を「境界の円居(まどい)」で受賞。2021年「象の皮膚」が第34回三島由紀夫賞候補。2023年「荒地の家族」で第168回芥川龍之介賞を受賞。これまでの著作に『象の皮膚』(新潮社刊)がある。 協力:新潮社 新潮社 週刊新潮 Book Bang編集部 新潮社
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