「スーパーセブン」とはどんなクルマなのか? 当時から最新ではなかったコンセプト
スズキ製の660ccエンジンを搭載したモデルの登場で話題のスーパーセブン。スポーツカーマニアから今も熱い視線を集めるスーパーセブンとは、そもそもどんなクルマなのか。
それは1957年にロンドンショーで発表されたロータス・セブンに始まる。同時に発表されたのは尖鋭的なFRPモノコックフレーム構造を持つロータス・エリートである。何故、ここでエリートの話を持ちだすのかと言うと、セブンというクルマがデビューした当時、その技術は全く最新ではなかったということが明らかになるからだ。 セブンは、鉄パイプを溶接したフレームにアルミパネルをリベット留めした構造になっている。アルミパネルも強度を受け持っているので、少しだけモノコック的な発想が加味されているが、FRPモノコックを世界で最初に取り入れたエリートの先進性と比べるとはっきりと旧来型の設計だ。
偶然が重なって誕生したセブン
ロータスは、尖鋭的なエリートでロータスの技術的先端性をアピールしようとした。一方セブンは純粋に売り上げを作るためのクルマだった。実はセブンの前にロータスMk6というベストセラーモデルがある。Mk6はプライベートでレースを楽しむ人たちに爆発的にヒットした。軽くて戦闘力が高く、レースでぶつけても裏庭で自分で修理できる構造だったからアマチュアにとって非常に魅力的だったのだ。 話は更に遡り、ロータスを設立した当時のことになる。ロータスの創始者チャプマンはロンドン大学在籍中に中古車の売買のアルバイトを始める。ところがどうしても売れ残った1台があり、困ったチャプマンはこれを改造して自分でレースを楽しむことにした。これがロータスMk1である。ロータスMk1の速さは周囲の注目を集め、購入希望者が現れた。こうして極めて偶然にロータスという会社は自動車メーカーへの道を歩み始めるのだ。Mk6はこのMk1から連なる裏庭で修理可能な個人向けレーシングカーの初量産モデルだった。 当時、ロータスは開発順番にプロダクトナンバーをそのまま車名に付けていたので、本来Mk6の次はMk7である。ところが大ヒットしたMk6のモデルチェンジを睨んで、この番号を空き番号にした。7を飛ばしてMk8へと続き、二桁になったところで「Mk」という呼び方を止める。以来ロータス11から数えてエリートは14番目。つまりエリートと同時発表されたセブンは、本来ロータス13もしくは15でないとおかしい。予め予約されていたナンバーを与えられた7が、Mk6とMk8に挟まれながらMk7と呼ばれないのはそういう経緯があったからだ。 セブンが発表された当時、ロータスは自動車メーカーへの階段を急速に駆け上がりつつあり、チャプマンにはもっと意欲的なアイディアがいくつもあった。特に航空工学を専攻した技術者の獲得によって、空力設計を手中に収めたロータスは、レースでもロータス11がル・マンでクラス優勝と総合でも7位を獲得し、もはや趣味で走っているレーサー相手でなく、プロフェッショナル向けの、つまり裏庭で直せなくても問題のない複雑なレーシングカーを作れる環境にあったのだ。