「白い歯に血が固まった茶色がびっしり」ひどい痛みを耐え抜いた50代夫…逝く前の"死前喘鳴"聞いた妻の胸の内
■介護はきれいごとでは済まない 「6月はじめのころは、たまに言葉が出てこないものの、変わらず優しい夫でした。『いつもありがとう』と感謝の言葉をよく言ってくれる人でした。でも在宅介護を始めた後は、『大好きだった優しい夫はもういないんだ』と思いました。あっという間に進行して亡くなったので、正直、介護にやりがいはなく、喜びもありませんでした。ただ最後は家族に囲まれていってほしかったので、自宅で亡くならせてあげたいという一心でした」 膵臓がんの手術を受けたのは2018年7月。ちょうど6年経っていた。 「介護は本当に、きれいごとでは済まないですね。長期にわたると心が壊れます。最初、私は自分でできると思って頼みませんでしたが、訪問看護師さんもヘルパーさんも、利用できるものはしたほうがいいと思い直しました。また、夫は進行が早くて、いつ亡くなるか不安だったのでできませんでしたが、レスパイト入院も利用して、無理はしないでほしいと思います」 おそらく笠間さんは、主治医に余命2週間と言われたこともあり、「2週間なら自分で介護し、看取ろう」と思ったのだろう。しかし2週間を過ぎ、さらに夫のせん妄はひどくなり、言葉も通じなくなってしまった。こうなると、親しい間柄であればあるほど感情が先立つだけでなく、介護技術もない場合、体力も精神力も削られていく。 多くの人は、自分に余裕がないと他人に優しくできない。介護する側に余裕がある状態を保たなければ、被介護者に優しく接することはできないのだ。このことを念頭に、常に7~8割の力で被介護者に向き合えるよう、自身をコントロールすることが、介護者にとって最も重大かつ難しい仕事と言える。そのために、先んじて訪問看護師やヘルパーなど、使えるものは使える状態にしておくことが大切だろう。 「在宅介護に不安がなかったわけではありませんが、誰かに介護をしてもらうのは私も嫌でしたし、夫も嫌だろうと思ったんです。介護ヘルパー歴25年の友達がいるので、夫の退院前には、清拭の仕方などをレクチャーしてもらいました」 現在、笠間さんは夫の相続手続きなどの処理をしながら、介護の資格を取る学校に通い始めている。 「こんなに大変だった介護なのに、もっとうまくできたんじゃないかと思い、自分のしてきたことが正しかったのかどうか、介護のことをもっと知りたくて通うことにしました。介護職に就くかどうかはまだわかりませんし、将来の夢は、今はありませんが、とにかく相続手続きを全て終わらせたら、働きに行きたいです」 笠間さんは夫の写真でアクリルスタンドを作り、夫の大好きだったディスニーランドや外食、旅行に行くときに、一緒に連れて行っている。 ---------- 旦木 瑞穂(たんぎ・みずほ) ノンフィクションライター・グラフィックデザイナー 愛知県出身。印刷会社や広告代理店でグラフィックデザイナー、アートディレクターなどを務め、2015年に独立。グルメ・イベント記事や、葬儀・お墓・介護など終活に関する連載の執筆のほか、パンフレットやガイドブックなどの企画編集、グラフィックデザイン、イラスト制作などを行う。主な執筆媒体は、東洋経済オンライン「子育てと介護 ダブルケアの現実」、毎日新聞出版『サンデー毎日「完璧な終活」』、産経新聞出版『終活読本ソナエ』、日経BP 日経ARIA「今から始める『親』のこと」、朝日新聞出版『AERA.』、鎌倉新書『月刊「仏事」』、高齢者住宅新聞社『エルダリープレス』、インプレス「シニアガイド」など。2023年12月に『毒母は連鎖する~子どもを「所有物扱い」する母親たち~』(光文社新書)刊行。 ----------
ノンフィクションライター・グラフィックデザイナー 旦木 瑞穂