内部進学、一般入試、推薦…異なる背景の部員が集まる「慶應高校野球部」がバラバラにならない「3つの理由」(レビュー)
山口周・評『慶應高校野球部 「まかせる力」が人を育てる』
「日本一になって高校野球の常識を覆したい」とまで宣言した野球部はどのように運営されているのか? 昨夏の甲子園制覇も現地で取材した記者が描く慶應義塾高校野球部のドキュメントは、イノベーションが起きる組織を分析した研究結果と驚くほど合致しています。 ひとつは「ビジョン」の共有です。昨年の優勝メンバーが中学三年の時に森林貴彦監督の著書が刊行され、その考えに共感した上で彼らが入部していたことは決定的な要因です。 もうひとつは「貢献実感」。森林監督はメンバーから漏れた三年生と面談し、一年生の教育係やデータ分析など、役割を明確にすることで全員が貢献できる仕組みを作っていました。 近年、重要視されている「多様性」は組織をバラバラにする要因にもなり得ますが、彼らも内部進学組、一般入試組、推薦組という異なる背景を持っています。そんな多様性を生かす上で重要なのが、前述した「ビジョン」と「貢献実感」、そして従来の上意下達とは真逆の「まかせる」姿勢なのです。 イノベーションの鍵となる「失敗を恐れず試す」大切さも描かれています。一般的には「失敗」はコストですが、若い時の失敗は学習効果が高くリターンも大きい。優勝前、過去四代の主将の言葉が示唆に富んでいます。彼らは多様性に満ちたチームをまとめる難しさに向き合い、その葛藤と反省から多くを学び成長の糧としていました。 チームのキャッチフレーズである「エンジョイ・ベースボール」からは、心理学者のチクセントミハイが提唱した「フロー理論」を想起します。フローとは「ゾーンに入る」こと。能力の高い人が夢中になって困難な目標に挑んでいる状態を指します。甲子園の決勝で前年覇者の仙台育英に挑む……という高いレベルでの真剣勝負こそが「エンジョイ」の本質です。 哲学者のジョン・デューイは、「学習」とは知識やスキルの伝達ではなく、学習者自身が経験を通じて学ぶこと以外にないと言っています。森林監督が練習以外の「学びの場」を数多く提供しているように、指導者がやるべきは教えることではなく、「場を作ること」なのです。 彼らが「試す」組織である以上、常勝チームになるかどうかは未知数です。しかし、従来とは正反対のテーゼが機能すること――頂点への上がり方はひとつではないこと――を証明した意義は極めて大きい。昭和の残滓が拭えない日本の組織に多くの学びと洞察を与える良書です。 [レビュアー]山口周(独立研究者・著作家) 協力:新潮社 新潮社 週刊新潮 Book Bang編集部 新潮社
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