GLAY「HOWEVER」に影響を与えた、安室奈美恵の意外な名曲とは?
イントロマエストロとして活躍する著者が、NHK紅白歌合戦に出場する人気歌手や人気曲をピックアップし、「ヒットの理由」を解説します。今回は、2024年大みそか放送の第75回NHK紅白歌合戦に、25年ぶり4回目の出場が決まったGLAYの代表曲「HOWEVER」について。ミリオンヒットした同曲に影響を与えた安室奈美恵の「意外な名曲」にも迫ります。(イントロマエストロ 藤田太郎) 【画像】GLAY「HOWEVER」に影響を与えた、安室奈美恵の意外な名曲 ● デビューから5年で 20万人ライブまで上り詰めたGLAY GLAYは小・中学校で同級生だったリーダーのTAKUROとボーカルのTERUを中心に1988年に結成した4人組ロックバンドです。 インディーズで活動した後、1994年にメジャーデビューを果たし、2年後の1996年、スキー・スノーボード用品専門店『Victoria』のCMソングに起用された「グロリアス」が59万枚のヒットを記録すると、そこから一気に日本の音楽シーンを駆け上がっていきます。 続いてリリースしたシングル「BELOVED」は84万枚、1997年10月にリリースした初のベストアルバム『REVIEW-BEST OF GLAY』が487万枚と、当時のアルバム総売上枚数で日本記録を樹立。さらに翌年、「誘惑」「SOUL LOVE」の二枚同時リリースがシングルチャート1位と2位を独占し、「誘惑」が1998年の年間シングルチャートでTOPになります。 その翌年の1999年7月31日、千葉市美浜区の幕張メッセ駐車場特設ステージで『GLAY EXPO '99 SURVIVAL』を開催。単独アーティストの1回公演としては国内最大規模で、有料ライブの観客動員数は、当時の世界記録となる推定20万人を動員し、社会現象を巻き起こします。 そしてこの年にリリースした「Winter, again」で、第41回日本レコード大賞を受賞。 1994年のメジャーデビューからわずか5年で、日本の音楽シーンで頂点に立つ大躍進を遂げたGLAYですが、ここまでの記録や、記憶に残ることをやり遂げる原動力となったのは、ライバルでありリスペクトする人物がいたからでした。 その人物とは、小室哲哉氏です。