看取り医が驚いた…!「ヘルパーに頼ること」を拒む88歳女性を心変わりさせた「意外な日常風景」
知性があるがゆえに悩む
記憶が飛んだままであれば、それも気にしないのかも知れないが、モトさんは知性がかなり保たれているかゆえに、それに気づいて悩みだす。 「なんでこんな身体になってしまったんでしょう。本当に情けないわ」 と嘆き、 「自分が自分でなくなっていくような気がする。この世から消えてしまいたい」 と、かれこれ2時間以上、泣き続けた。 さめざめと泣く彼女に、看取り医がかけられる言葉は見つけられない。「紅茶の入れ方すら忘れてしまう」という事実が心理的に「情けない」と感じさせているため、心のケアが必要だが、具体的な方法はなく、結局、私は、彼女が落ち着くまで嘆きに耳を傾け続けるしかないのである。 彼女を慰めていると、その肩越しに金魚鉢がみえた。2匹のうち1匹が腹を上にして浮き、まるで死んでいるように見えたが、それが突然動き出した。 「あれ? この金魚おかしいですね。お腹を上にして逆さまに泳いでいる」 思わず口にすると、モトさんは「この子は、最近、いつも上下逆さまになってしまうんですよ」と言いだした。
何気ない日常にも気づきがある
金魚は何度ももがいて腹を下にしようとするが、うまくいかなかった。そのうち諦めたように船が転覆したような体勢で鉢に浮いてしまった。あとで知ったが、これは「転覆病」というそうで、便秘や老化現象が原因で、起こるらしい。 私は、シーソーにのるヒトの絵を見せながら、老化の話をしてみた。私には絵心がないので、知人にお願いして描いて貰ったものだ。モトさんはじっと絵を眺めながら話を聞いてくれて、 「金魚も私も、こういうことになっているのね。試しに水でも取り換えてみようかしら。私も介護のお世話を受けてみましょうかね。夫を見送ったときもヘルパーさんには随分と助けて貰いましたしね」 と、介護サービスを受け入れることを承知して貰えた。モトさんの夫は病に伏し、長い療養生活を送られるなかで、「死は決して敗北ではない」と教えてくれた私の元患者である。 この仕事をしていると、何気ない日常の景色が、本人に気づきを与えてくれる場面に出会うことがある。このときは金魚がモトさんに教えてくれた――。 看取りの医者・平野国美氏の連載記事「余命3ヵ月「死ぬ前に弘前ねぷた祭りに行きたい」と訴える70代癌患者に、看取り医が提案した「まさかの代案」」もあわせてどうぞ
平野 国美(医師)