〝食えなくなった〟芸能界をアップデート 心之介。が古舘プロジェクトと進める構造改革
視聴率低下に苦しむテレビ局。そのテレビに一極依存していたことが原因で、芸能界は不況に陥っている。そんな中、自らも芸事の世界に身を置いてきた心之介。さんは、早くからインターネットのライブ配信に可能性を見出し「ライバージャパン」を日本最大級のライバー事務所に育て上げた。次の照準に〝不況の芸能界の構造改革〟を掲げる同社代表で古舘プロジェクト社長の心之介。さんに、阪本晋治が迫る。(佛崎一成)
─ライブ配信をやろうと思ったきっかけは。 芸事の世界でプロになろうと活動を続ける中、僕自身は運良くごはんが食べられたが、周りの役者や歌手は本業だけでは生活が成り立たず、アルバイトの毎日。やがて夢に破れて地元に戻る人たちばかりだった。 才能ある人たちがどれだけ頑張っても〝夢でごはんを食べていくのは難しい〟。そんな世の中の構造に常々疑問を抱いていた。 路上占い師として全国各地を巡っていたとき、悩みを聞く相手は女性が多かった。子育てに専念するために仕事を辞めなければならないこと。特にシングルマザーの場合、経済的に困窮していたりもした…。家庭でどれだけ頑張っていても周囲から見えにくく、結果、誰からも応援されず、みんな自分自身を犠牲にしながら過ごしていた。 こうした社会構造になってしまっているのはすべて、発信力を持てていないことが原因であることに気づいた。 そんな問題意識を抱えていたころに、中国・深圳でSNSやライブ配信が社会構造を変えている状況を目の当たりにし、「これで世の中が変えられる」と帰国して立ち上げたのがライバージャパンだった。 ─今の日本になぜ、ライブ配信が必要だと思ったのか。 今の日本はデジタルのノウハウを持っている人だけが勝つおかしな世の中だ。つまり、マーケティングさえできれば中身がまやかしでもやっていけてしまう。そんな矛盾した状況を続けてきたから、ここ1~2年でインターネットで炎上したり警察が介入する事件になったり影響力を持つ人の闇が暴かれ始めている。すでに〝コピペ〟を拡散してお金を稼ぐデジタルの世界は限界だ。 一方で、ライブ配信というものは、デジタルを使ってはいるが、中身は人間同士のアナログのコミュニケーション。お互いの体温を感じる人間同士の交流だ。デジタルだけが先走るのではなく、デジタルとアナログの両方の良いところを融合できるのがライブ配信だと思っている。 ─ライブ配信はどのような可能性を秘めているか。 僕の結論は「みんなが何者かでいられる世の中が作れる」ことだ。これまでのデジタルの世界といえば、インフルエンサーと呼ばれる影響力を持った人にしか、実質的には発言権がなかった。ライブ配信はインフルエンサーのような大きなかけ算にはならないが、信頼を一人一人積み重ねた足し算の媒体。誰もが何者かでいられるし、誰もが応援される対象になれる。小さな力だが、誰もが発信力を持てるところに可能性を感じている。 従来の巨大な力が影響を与える世の中ではなく、一人一人の小さな力を合わせて大きな力を生み出す。そんな世の中をつくり出せる。そこがライブ配信の大きなポテンシャルだ。 ─動画コンテンツをつくるために、専門知識や企画アイデアが必要なYouTube配信などと違い、ライブ配信は気軽にスタートできると聞いたが。 そう。ライブ配信でやるべきことは、操作に慣れることだけ。配信自体は、誰もが普段しているような会話で成立する。 収益は視聴者からの「投げ銭」だが、この「投げ銭」の心理は芸事とは根本的に異なる。芸事のようなエンターテインメントは何かを表現することで、相手を楽しませたり感激させたりして対価を得られる。しかし、ライブ配信の投げ銭は「その人と仲良くなったから」「あなたを応援したいから」という心理。居酒屋で仲良くなった人に1杯おごってあげたいという感覚に近い。 だから、誰でもライブ配信をやっていける。 ─なるほど。ネタを持っていなくても配信していける。 友人と会話するように「今日は暑いね」とか「ネイルを変えてきたんやけど」から始まればいい。 ─そうすれば、相手がツッコんでくれると。 その通り。それに相手から話を振ってくれることも多い。例えば「○○に行ってきたんだけど聞いてよ」というコメントが来たら、「どこへ行ってきたの?」と聞き返せばいい。こちらから発信しなければ、とプレッシャーを感じる必要はない。 友人とカフェに行く前に、話題となるネタをわざわざメモに書き留めないでしょう。 ─独り暮らしの高齢者なども生活に潤いが出そうだ。 すでに身内がやり方を教えて、大好きな配信をし続けている高齢者もいる。 ─配信をしたとき、ちゃんと誰かが見に来てくれるのかが心配だ。 必ず見に来てくれる。例えば、お年寄りの話は長いから誰も聞かないのでは? と思うかもしれないが、聞く側の人は出たり入ったりできるのでストレスは感じない。ここからこの時間まではおじいちゃん、おばあちゃんと話そう、と決めておけば、楽しくライブ配信を聞ける。 また、子育て中の女性にもライブ配信は刺さりやすい。 ─というのは。 一人で家事に追われ、誰かとコミュニケーションを取りたいと思っている。ライブ配信をすると、いつもの人達が集まってくれて応援してくれるので、配信者側が視聴者とおしゃべりをしたいと思うようになる。 ─ライバージャパンを運営しながら、今年9月には古舘伊知郎をはじめ、著名なTVタレントが所属する「古舘プロジェクト」の社長にも就任された。 僕はこれまでに出会ったさまざまな経営者から学びを得て、口ぐせのように「〝ロマンと算盤(そろばん)〟が大切だ」と周囲に言い続けてきた。タレントとしては古舘プロジェクトに所属していたこともあり、あるときマネジャーから「運営に携わらないか」と打診があった。会長と話をして、テレビばかりに依存してきた芸能界はテレビの縮小とともに一緒に小さくなっているので、このままでは危ないと伝えた。そして、これからの芸能界は〝ロマンと算盤〟を両立させていく、つまり、旧態依然のやり方からアップデートしていく必要性があることを訴えた。すると会長が、「それだけ強い思いを持ってやってくれるのなら、うちは心之介。に賭けたい」とおっしゃっていただき、社長を拝命した。 ─迷うことなく、すぐに受けたのか。 ライバージャパンを軌道に乗せるまで、いろんな経営者や周囲の人々に助けてもらいながら、経営を学んできた。だから、僕自身がこの会社を、そしてこの業界を大きく変革できるという確信があり、一つ返事で受けることにした。 ─芸能界の課題とは。 実はライバージャパンのストーリーにも繋がるが、「(世の中の)仕組みのアップデート」だ。 テレビが縮小していく中で、芸能界がアップデートできていないことだ。デジタルシフトも一切できていなかったし、社内体制や世間には通用しない芸能界特有の慣習もそうだ。そんな状態のまま縮小した出演の機会を縮小した番組ギャラで受けなければならない。芸能界にはそういった課題があった。 著名な芸能人も仕事がなくなっていく現状があった。 ─ライバージャパンでの経験を生かし、芸能界をアップデートすると言うことか。 これまでは声の届かなかった人たちの声を届くようにする活動をしてきたが、今度はテレビで活躍してきた芸能人の本質的な芸やその人の魅力をデジタルをはじめ、さまざまなメディアで届けていく構造改革に取り組む。 タレントはこれまで、大半がテレビだけで勝負してきた。その場所がなくなったとしても、タレントの需要がなくなったわけではない。繰り返すが今のデジタルの世界はマーケティングのテクニックによって、本物とはかけ離れたものも多く散見する。一方、芸能界で活躍してきた人々は本質を追求してきた人たちばかりだ。弊社の古舘伊知郎も他の追随を許さない〝しゃべり〟を追求してきた。 こうした本質が、テレビ業界の縮小に巻き込まれ、どんどん倒れてしまっている状況だ。だからこそ、これからは本質的なものをデジタルの世界に広げる時期にあると思う。芸能界の大きな改革だ。 ─今後の展開は。 僕たちは業界の垣根と芸能事務所の垣根を超えていく存在になることを掲げている。今まで芸能界と経済界にはかい離があった。だから、その橋渡しになっていく。試行錯誤しているタレント事務所の力となり、業界をアップデートし、本質的な価値を届けていきたい。 僕たちが進める改革は、他のタレント事務所も必要としていることであり、一緒に手を携えて業界を変えていきたい。僕たちの事務所名は〝古舘プロダクション〟ではなく〝古舘プロジェクト〟。これまでの芸能界のビジネスモデルではなく、ビジネスモデルを支えるビジネスモデルをつくる。それが僕たちの芸能界へのアプローチの仕方だ。