凶悪化するハイジ、プーさん、シンデレラ…『マッド・ハイジ』から『シン・デレラ』へと至る童話ホラー化の歩み
最近、童話や児童文学のホラー映画化企画が目立ってきたことは、ホラーの熱心なファンではなくても感じているだろう。童話はそもそも原作が残酷なものであることが多く、童話の映画化ではなくて、その原作の映画化としてホラーが成立するケースは以前からあった。例えば、「白雪姫」の原作を映画化した『スノーホワイト』(12)や、「赤ずきん」の原作に基づく『狼の血族』(84)や『赤ずきん』(11)は、ファンタジー風の童話とは裏腹の恐ろしいグリム童話に則ったものだ。 【写真を見る】ガラスの靴を凶器に!壮絶な復讐を果たす『シン・デレラ』 ところが昨今の童話のホラー化は、傾向が少々異なる。原作ベースのホラーであれば、ゴシック色や様式美の徹底で、一応の格調を保つが、それがない。ぶっちゃけ、エロ、グロ、バイオレンス!おもしろければなんでもアリの無法地帯と化しつつあるのだ。「夢を壊さないで!」という気持ちもわかるが、「おもしろそうだ!」という声も理解できる。本稿では、後者の視点で話題の新作『シン・デレラ』(公開中)を筆頭に、最近の童話ホラーを紹介する。 ■ペーターの仇を討つため!アルプスの少女が血みどろのバトルを繰り広げる『マッド・ハイジ』 ブームの先陣を切ったのはスイスが生んだ名作「アルプスの少女ハイジ」のバイオレンス映画化『マッド・ハイジ』(22)。成人したハイジ(アリス・ルーシー)が恋人ペーター(ケル・マツェナ)を殺した独裁者への復讐を決意し、戦闘の修行を積んで死闘に挑む。恋人との情事に耽っていた始まりから一転、そこからバイオレンスへと転がる物語には、原作のイメージは皆無。とはいえ、おじいさん(デヴィッド・スコフィールド)や車椅子の親友クララ(アルマル・G・佐藤)も登場し、血みどろのバトルを演じるのだから注目せざるを得ない。ギャグもふんだんに盛り込まれているのはもちろん、反権力を謳った反骨心も痛快でおもしろい。 ■凶悪化したプーさんたちが人々を襲う『プー あくまのくまさん』 イギリスでは「くまのプーさん」が、えげつないまでのホラー化がなされた。『プー あくまのくまさん』(23)は、児童文学のその後を描いたスプラッターホラー。かつての親友クリストファー・ロビン(ニコライ・レオン)が成長と共に100エーカーの森に来なくなり、食べ物に困ったプーさんは仲間のブタ、ピグレットと共に、ロビンへの恨みを募らせながら森に来た人々を捕らえては食糧にしていた!血糊の量はふんだんで、その手の描写が苦手な方にはオススメできないが、ぶっ飛んだ世界観は一見の価値アリ。B級に走りすぎたため、最低映画に贈られるラジー賞では作品賞を受賞したが、低予算製作の割には世界的なヒットを飛ばしてしまう。 その続編『プー2 あくまのくまさんとじゃあくななかまたち』(23)では予算が増えたことから、質も描写の強烈さもレベルアップ。前作の殺戮の濡れ衣を着せられたロビンが、またもプーと対峙して命懸けのバトルを繰り広げる。ティガーやオウルといった原作のキャラが追加で登場し、プーの大暴れの火に油を注ぐ。こちらも製作費をはるかに上回る世界興行収入を記録した。 ■アリスが現実とも夢ともつかない世界に紛れ込んでいく『邪悪な国のアリス』 同じイギリス映画で日本公開中の『邪悪な国のアリス』は、言わずもがなの「不思議の国のアリス」のホラー化。火事で両親と死別したアリス(リジー・ウィリス)が疎遠だった祖母(ルーラ・レンスカ)に引き取られ、彼女からルイス・キャロルの「不思議の国のアリス」を読み聞かせてもらううちに、現実とも夢ともつかない世界に紛れ込んでいく、という物語。こちらはスプラッター色よりも幻想色が強く、マッドハッターや赤の女王といった原作でおなじみの面々が不気味な存在として描かれる。サイコな恐怖の渦に落ちていくアリスの運命は!? ■シンデレラによってお城が鮮血飛び交う地獄絵図と化す『シン・デレラ』 そして、これらに続く新作が『シン・デレラ』。こちらは言うまでもなく「シンデレラ」の凶暴な映画化で、元をたどればこちらもグリム童話。意地悪な継母や姉たちにいじめられる主人公シンデレラ(ケリー・ライアン・サンソン)が、魔法の力を借りてお城で開かれる舞踏会に出かけ、王子と恋に落ちる…という定番ストーリーを踏まえてはいるが、後半は血みどろのバイオレンスに発展。グリム兄弟の原作にもある、ガラスの靴を無理矢理履かせるために足の指を切り落とすという描写も再現された。さらに、ヒロインがここで受けるイジメは犯罪的で、人殺しを強要されるほどの非道さ。さらに悲惨なことに、理想の恋人と思われた王子さえもゲス男だった!クライマックスではシンデレラの怒りが大爆発。その先に待ち受けるのは、阿鼻叫喚の地獄絵図だ…。 ちなみに、『シン・デレラ』を世界配給したITNディストリビューション社は「プー」シリーズの製作会社でもあり、今後も「バンビ」や「ピノキオ」、「ピーター・パン」を闇堕ちさせるばかりか、童話ホラーのユニバース化も考えているとか。夢のある童話の世界を悪夢へと塗り替えていくこの動きに注目しつつ、最恐のプリンセスによる壮絶な復讐劇が展開される『シン・デレラ』の暴走に戦慄してほしい。 文/相馬学