金融政策が行き届かないのはなぜ?再検討すべきは、帰属家賃問題と物価統計
日銀がトリックを使うことによって、2%の物価目標が達成される可能性が高まるとの見方を紹介しました。消費者物価指数(CPI)から下落している品目を除去することで、日銀が事実上の政策目標に採用しているコアCPI(全体の物価から生鮮食品を除いたベース)よりも高めの物価上昇率を示すことができるというものです。 その尺度、すなわち「持ち家の帰属家賃」を除いたベースのCPIで議論すれば、少なくとも過去に物価目標が達成できていた時期がありましたし、今後もそのチャンスが訪れる可能性があると、第一生命経済研究所の主任エコノミストの藤代宏一さんは指摘しています。
そこで今回は、この帰属家賃問題をもう少し深堀りしていきたいと思います。まず、帰属家賃の定義をおさらいしましょう。 帰属家賃とは、持ち家を賃貸住宅に置き換えて評価した場合、この家の家賃は○○円になるといった具合に算出された計算上の家賃で、それは物価全体の約2割(全体に対するウエイトは16%、食料・エネルギーを除いたベースに対するウエイトは23%)を占める極めて重要な品目です。 しかしながら、この持ち家の帰属家賃は様々な問題が指摘されており、景気の実態を反映しているか疑わしい部分があります。それゆえ、大胆な金融緩和策の下でも一貫して下落しています。
帰属家賃はなぜ景気を反映していないのか?
それにしても、経済の体温を映し出すはずの物価(家賃)が、景気の変動とはほぼ無関係に一貫して下落しているのは不可解です。米国の帰属家賃が、住宅市場の回復を背景とした空室率の低下を受けて上昇傾向にあることを踏まえると、日本の帰属家賃の一貫した下落がいかに異様であるかが浮き彫りになります。米国の帰属家賃が景気の強弱を映し出しているのに対して、日本のそれに景気との連動性が認められないのであれば、統計の作成にあたって何か問題があると考えるのが自然でしょう。
そうした観点から、ここ数年は帰属家賃を巡って統計の専門家で以下のような問題が指摘されています。まず「家屋の経年劣化が考慮されていない」という問題です。物価の推計にあたっては、同じ金額のモノでも新機能の搭載などによってその性能が向上した場合、それを実質的な値下げとみなす「品質調整」という処理が施され、主にパソコンなど技術進歩の早い品目で採用されています。 たとえば、5年前のパソコンと最新モデルのパソコンでは同じ金額でも性能が大きく異なるのが一般的ですから、その性能が向上した分を調整します。5年前に10万円だった類似の機種のパソコンが、10%性能が向上したにもかかわらず、同じ10万円で売られていた場合、それに品質調整を施すと物価は9万円となります。 ところが、帰属家賃にはこの「品質調整」が施されていません。先ほどの性能向上とは反対に、経年劣化で建物の価値が落ちた場合、表面の価格(支払い家賃)が横ばいなら、それを物価上昇とみなすのが「品質調整」ですが、家賃の推計にあたっては、こうした処理が施されていないため、表面上の価格がそのまま物価統計に反映されています。 日本は少子・高齢化によって住宅の老朽化が進んでいますから、品質調整を施した場合の実質的な家賃は上昇している可能性が高いとの指摘です。2015年6月の内閣府の統計委員会で日銀の前田統計局長(当時)は、個人的な意見と断った上で、 「家賃を品質調整すれば、消費者物価を最大0.2%ポイント押し上げる可能性がある」と言及しています。 また別の問題もあります。帰属家賃の算出においては周辺の家賃相場が算定基準となるのですが、土地保有者の相続税対策等によって相場が歪められている可能性が指摘されています。相続税評価額の算定にあたっては、一般的に賃貸住宅で保有している方が(更地や駐車場等よりも)評価額が低くなるので、物件オーナーは賃貸住宅の空室率が高まって収益性が低下しても、相続税対策のためにその物件を保有し続ける傾向があります。 その結果、空室率が異常に高い賃貸住宅が増加し、周辺の家賃に下押し圧力をかけているというわけです。ちなみに、賃貸住宅の空室率は米国が7%程度なのに対して、日本のそれは18%超と比較にならない位の高水準です。このような状況で日本の家賃が上がらないのは、ある意味違和感がありません。当然のことながら、こうした構造的な問題は日銀の金融緩和では解決のしようがありません。