「高校教師」から”アパホテル地面師事件”の「なりすまし役」へ...80超えの老人が地面師グループと繋がりをもった「やくざ風の男たちが集う」巣鴨の穴場
今Netflixで話題の「地面師」...地主一家全員の死も珍しくなかった終戦直後、土地所有者になりすまし土地を売る彼らは、書類が焼失し役人の数も圧倒的に足りない主要都市を舞台に暗躍し始めた。そして80年がたった今では、さらに洗練された手口で次々と犯行を重ね、警察組織や不動産業界を翻弄している。 【漫画】「しすぎたらバカになるぞ」…性的虐待を受けた女性の「すべてが壊れた日」 そのNetflix「地面師たち」の主要な参考文献となったのが、ノンフィクション作家・森功氏の著書『地面師』だ。小説とは違う、すべて本当にあった話で構成されるノンフィクションだけに、その内容はリアルで緊張感に満ちている。 同書より、時にドラマより恐ろしい、本物の地面師たちの最新手口をお届けしよう。 『地面師』連載第53回 『10名の逮捕者が出るも、なぜか「手配師」は釈放...赤坂・溜池のアパホテル地面師事件の意外な展開』より続く
なりすまし犯の言い分
事件の公判が進んだ2018年5月18日、なりすまし役の一人である松本敬三の求刑前公判が東京地裁の815号法廷で開かれた。関係者以外はほとんど傍聴人もいない。そこで、公判後に当の松本に取材すべく、担当弁護士に声をかけた。 「松本さんにお話をうかがいたいのですが」 廊下に出たところをそう呼び止めると、弁護士が振り向いた。 「ああ、そうですか。松本さん、この人が話を聞きたいそうです。何か言っておきたいことはありますか」 弁護士は私の名刺を受け取りながら、松本のほうに向かい、確認した。松本のそばには50歳ほどの女性が付き添い、不安そうな表情でこちらを見つめていた。 「そうですね。まあ、言いたいことはたくさんありますけどねぇ。よく覚えていないところも多くてね」 か細い声で松本がそう話し始めた。
地面師グループと出会ったきっかけ
「もとはといえば、僕は還元水をつくる機械の本を書いていましてね。それで彼ら(地面師グループ)と知り合ったのです」 そう言いかけると、隣の弁護士が言葉を遮るようにしてとめた。 「そんないい加減なことを言っているから、あなたは詐欺師呼ばわりされるんですよ。誰も信用していないでしょ、還元水なんて」 還元水は電解水とも還元水素水とも呼ばれる。特殊な水だ。実際に水を生成して販売している業者もいる。簡単にいえば、水に電流を流して分解し、ペーハー(pH)8以上のアルカリ性の水を生成する。アルカリ性の水はアンチエイジング効果があるともいわれ、いっときは人気が出たが、その一方で、インチキな還元水生成機を売りつける詐欺まがいの業者も続出し、今ではすっかり下火になっている。 これまで書いてきたように、松本はアパ事件において、相続人の一人と称し、鈴木仙吉になりすまして逮捕・起訴された。詐欺事件の刑事被告人の還元水話など誰も信用しない、というのは弁護士の言うとおりかもしれない。 だが、当人はなぜかそんなことは意に介さず、いたって真剣に話をしているようにも感じた。 「その還元水をつくる機械の販売で、地面師たちと知り合ったのですか」 そう話を振ってみると、松本は我が意を得たりとばかりの満足そうな表情を浮かべた。 「そうなんです。私は以前に高校で物理を教えていましたから。そのへんの理論には詳しいのでね」 なりすまし犯の松本は、東京都内の元高校教師だったという。身長は160センチそこそこだろうか。小柄で細身なので87歳という実年齢よりさらに老けて見えた。年齢のせいか、記憶もかなり曖昧だ。反面、妙に鮮明に覚えている部分もある。還元水の件は事件とは直接関係なく、地面師グループと出会うきっかけに過ぎない。
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