【新日本】ザックがブライアンを撃破し宣言「 2024年オレはIWGPヘビー級王座を獲って、プロレス界を一変させてやる」
ザック「億万長者が増えていくたびに、オレはここにいる決意が強くなる」
新日本プロレスは2月11日(日・祝) 、大阪・大阪府立体育会館(エディオンアリーナ大阪)にて『THE NEW BEGINNING in OSAKA』を開催した。 【動画】スペシャルシングルマッチを行ったザック・セイバーJr.とブライアン・ダニエルソン 『THE NEW BEGINNING in OSAKA』 日時:2024年2月11日(日・祝) 15:30開場 17:00開始 会場:大阪・大阪府立体育会館(エディオンアリーナ大阪) 観衆:5,327人(札止め) セミファイナルではザック・セイバーJr.とブライアン・ダニエルソンのスペシャルシングルマッチを行った。 ザックにとっては昨年10月に開催されたAEWでのリベンジマッチとなったこの一戦。 世界最高のテクニックを持つ両者の対決は観る者を驚嘆させる技の応酬を繰り広げた。 攻守が何度も入れ替わる展開が続き、これでフィニッシュかと思わせる見せ場を凌ぐ両者に観衆も固唾を呑んで見守ったが、最後は丸め込み合戦をザックが制し、リベンジに成功した。 <試合結果> ▼セミファイナル(第7試合) 60分1本勝負 スペシャルシングルマッチ ザック・セイバーJr. 〇 vs ブライアン・ダニエルソン × 32分46秒 変型十字固め 最後はザックの握手に一度は拒んだブライアンであったが、再度振り返ってノーサイドの握手。 観衆に向かい勝利者となったザックの手を掲げた。 ■試合後バックステージコメント ザック「(※日本語で)チョットマッテ(※と言って床に座り込む)。ナイス、ナイス(※と言いながら痛めた左ヒザをタップしてから)ブライアン、オレとオマエ、オレたちは複雑に繋がりあってる。初めてのプロレスのトレーニングの日。2002年1月NWA-UKでのことだ。そして2002年2月、ROHのイベントでブライアン・ダニエルソンがプロレス界を一変させた。 それまでハードコアなデスマッチなどのプロレスが支持されていて、プロレスにはアイデンティティがなかった。オレは日本のプロレスに夢中だった。そんなオレをあれほどインスパイアしたアメリカ人はいなかった。オマエはオレが一生を懸けてキャリアでやり抜こうと思っていたことと、同じことをやっていたんだ。プロレスに対する尊敬、敬意、技術、そして名誉をもたらすこと。プロレスはスポーツだ。 しかしエンターテインメントの要素も含まれていないといけない。しかしそれはあくまでも目的であり、実際は格闘スポーツだ。だからブライアン、対戦をするもっと前から、オマエはオレの基準を作ったんだ。そして2008年、イギリスのヒョロヒョロに痩せたティーンよりも痩せたハタチのオレが、不思議な縁で世界一のテクニカルレスラー、ブライアン・ダニエルソンと試合が組まれた。 トリプルXレスリングのコヴェントリーでの大会だ。45人程と数匹のペットが観客だったと思う。ブライアン、オマエは5分で試合に勝って、すぐにその場を去ることができたはずなのに、人生で一番のレッスンを与えてくれた。オレのキャリアの方向がそこで一変したんだ。その場で。その試合で。そしてブライアンはまた一歩先に、世界最大のプロレス団体に向かった。 オレたちのプロレスをプロレスではないと拒否する団体だ。ブライアン、それでもオマエはどんな逆境の中でも、団体にとってなくてはならない存在になってきた。そしてプロレス界全体においても、ブライアンが成し遂げてきたことは大きな意味を持つんだ。ブライアンが世界最大のプロレス団体で活躍し億万長者なっていた頃、オレはどのメジャー団体からのオファーも断り続けた。 14歳からこのプロレス業界でキャリアを積み、人生の全てを捧げてきたオレには、異なる考えがあったからだ。まだ成し遂げられていないプロレスの未来へのビジョンがあったんだ。オレはこれからも人生の全てをこのスポーツに捧げるつもりだ。感謝も祝福も期待していない。そしてある日忽然と姿を消すだろう。その日まで、オレは毎日新日本プロレスにいるだろう。 日々、プロレスの概念を覆すために働き続けるだろう。そして1人、また1人と億万長者が増えていくたびに、オレはここにいる決意が強くなる。それは愚かなことだと思うからかもしれないし、資本主義を信じないからかもしれない。そしていつの日か、オレはここを平等な社会主義な組合に変えてやる。オレはお金に興味がない。プロレスに興味があるんだ。 2024年、オレはIWGPヘビー級王座を獲って、プロレス界を一変させてやる。1人でやるんじゃない。ここにいるアホどもと一緒にだ(※ここでシェイン・ヘイストとマイキー・ニコルスが登場)。コイツらがTMDKだ。コイツらがTMDKを、オーストラリアにチャンスも何もないところから立ち上げ、始まったんだ。 そして…(※藤田晃生もやって来ると)何度も屈辱を味わいながら立ち上がり続け、ここまで成長させたんだ。そして今、ここ新日本プロレスに揃って所属している。なんて運命だ! マイティ・ドント・ニールだ! 何度挫けてもオレたちは立ち上がり続ける。オレたちはアホだからだ(笑)。でもオレたちはそれほどプロレスが大好きなんだ。去年はTMDKにとって険しい道だった。2024年は違う。TMDK、テッカーだ!」