怪我さえなければ…。日本の「ガラスの天才」(8)元に戻らなかった膝…。スターになるはずだったモンスター
サッカー選手は常に怪我と隣り合わせだ。たった1つの怪我でキャリアを棒に振ってしまう選手もいれば、何度も大怪我を負いながらもその逆境を乗り越えて長く活躍する選手もいる。今回は最高級の才能を持ちながらも、怪我に苦しむキャリアを歩んだ“ガラスの天才”を紹介する。
FW:小倉隆史 生年月日:1973年7月6日 日本代表成績:5試合1得点0アシスト Jリーグ開幕前の第70回全国高校サッカー選手権大会で名を馳せ、左足から放たれる破壊力抜群のシュートから「レフティーモンスター」とも称されたFW小倉隆史も怪我によってキャリアを狂わされた選手の1人である。高校時代の活躍から1992年に名古屋グランパスに加入し、その翌年は当時オランダ2部のエクセルシオールでプレーしてゴールを量産した。 帰国後の1994年には20歳で日本代表デビューを果たし、1995シーズンの天皇杯決勝でサンフレッチェ広島相手に2ゴールをあげて名古屋の優勝に貢献。小倉はスター選手への階段をのぼっていたと言っていいだろう。だが1996年、アトランタオリンピック最終予選に向けた合宿中に右足後十字靭帯断裂の重傷を負ってしまった。小倉は日本で手術を行うも失敗。オランダに渡って再手術となるも復帰まで約2年を要し、アトランタ五輪の出場も叶わなかった。 小倉は治療の末に1998年に復帰し、その後は名古屋の他にジェフユナイテッド市原や東京ヴェルディなど複数のJリーグクラブでプレーするも、膝の状態は元に戻ることはなかった。大怪我以降はトップフォームでプレーできず、2006年に32歳でスパイクを脱ぐこととなる。怪我さえ無ければ、日本代表でもゴールを量産していたかもしれない選手であった。
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