役所広司が見つめる世界とは? トイレ清掃員を演じた映画でカンヌ最優秀男優賞に
平山は訳ありのようだが、その背景は語られない。どこか日本の陰翳礼讃を背負ったようなミステリアスな人物は、若い同僚の恋人や石川さゆり扮するバーのママ、音信不通だった姪っ子など、幅広い世代の女性たちの気持ちを不思議と引き寄せる。そんなファンタジーさえ感じさせる人物にエレガントかつ真摯な側面を刻みつけた役所は、監督のヴェンダースに「この映画の心臓であり、魂だ」と言わしめた。 「平山の過去については、脚本にも書かれていませんでした。演じる人物について事細かに監督や脚本家に聞く人もいるかもしれませんが、僕の場合、自分が演じる役の物語は自分で作るものだと思っています。でもプロデューサーたちの要望で、監督が撮影も半ばを過ぎた頃に、平山に関する一枚のメモを書いてくれたんです。その中に平山と木漏れ日との関係が描かれていて、そこはすごく納得がいきました。恐らく木漏れ日が、平山を救ったことがあったんでしょうね」 大木が茂る神社で休憩し、柔らかな木漏れ日に向けてカメラのシャッターを切る平山。楓の木の根元から発芽した小さな苗を持ち帰り、アパートに盆栽の鉢を並べて丹精して育てている。無意識にも神宮外苑の樹木伐採に揺れる渋谷の今を捉えたかのような木漏れ日のシーンに、平山の現在と過去がゆらめく。 「役所さんの演技は僕の想像の先を行く。的確かつ面白いから、僕は完全にお任せしている」と、かつて『三度目の殺人』(2017年)で組んだ是枝裕和監督が語っていた。「そういう脚本だったから」と役所は手柄を否定するが、これまでにも黒沢清、白石和彌、西川美和などのカリスマといわれる監督たちからも同じような賛辞が贈られている。 「あえて言えば、脚本にそう書いてあると思うのは僕の解釈で、本をどう読むか、人物をどう解釈するかが俳優の個性になっていくと思います。ほかの人がそう解釈しないなら、違う人物ができ上がるだろうし。キャストによって人物が違うふうに見えるっていうのが芝居の面白いところですよね」 役者の極意を笑顔でさらっと語ってみせる彼に、自身にとっての "PERFECT DAYS" とはどんな日々かを尋ねると、やはり演技についての答えが返ってきた。 「僕らは日々、他人のために何かをするっていうことはほとんどないけれど、自分が満足するというよりも、みんなと作ってきたものを観て、お客さんが喜んでくれたのを感じたとき──作品を観た翌日はまた日常の生活に戻る人に、少しでも元気や勇気が出たと言ってもらえたとき、初めて、ああ良かったと思うんでしょうね」 これまでの長いキャリアを通して喜びやスリルや感動を与え、世界中の観客を楽しませ、ゾクゾクさせ続けてきた実績がありながら、なおも求道的に演技と向き合う姿勢が、国内外の鬼才たちから信頼と憧れを寄せられるゆえんなのだろう。そんな彼に、役者としての現在地を山登りにたとえてもらった。 「振り返って自分が登ってきた道を眺めると、まだ近くに麓が見えている。でも随分登ってきたという感覚はあります。おそらく死ぬまでに頂上は見えてこないかもしれないけど(笑)。でも役者って、そういう職業だと思いますね」 役所広司(KOJI YAKUSHO) 1956年長崎県生まれ。’96年に『Shall we ダンス?』『眠る男』『シャブ極道』で国内の映画賞の主演男優賞を独占。『CURE』『うなぎ』(’97)、『ユリイカ』(’01)など、国際映画祭への出品作品にも多数出演し、数々の賞を受賞。近年では『孤狼の血』(’18)や『すばらしき世界』(’21)などの話題作に出演。第76回カンヌ国際映画祭では『PERFECT DAYS』で最優秀男優賞を受賞するなど、日本を代表する俳優の一人として活躍 『PERFECT DAYS』 監督:ヴィム・ヴェンダース 脚本:ヴィム・ヴェンダース、高崎卓馬 製作:柳井康治 主演:役所広司 12月22日(金)TOHOシネマズ シャンテほか全国ロードショー BY REIKO KUBO, STYLED BY DAISUKE IGA (BAND), HAIR & MAKEUP BY KATSUHIKO YUHMI (THYMON INC.)