ファンで賑わう浪花の格闘技バー。ママは元アジアボクシングチャンピオン
燃え尽きたいという熱い思いがすべて
彼女は今でも、あの“2戦目”を熱い思いで振り返る。 「(2戦目で)いきなりタイトル戦の話が来た時、もう1カ月もなかった。当時は体重が59キロ。その時もフライ級まで落とさないといけなかった。8キロ落とすんです。ましてや3ラウンドしか経験したことがなかった。3週間で10ラウンドせえって、誰もが無理やと思ったし、勝てるわけがないって。体が動かれへんようになって、みっともない思いだけはしたくなかった。追い詰められて、追い詰められて、でも、10ラウンド保ったんですよ。あんな必死の、くらいつくような試合なんて、今せえって言われても出けへん。負けて泣いたけど、すべてを出し切った。あの熱い思いは人生の中で味わったことがなかった。もう一回、味わいたい。私が試合をするのはそういう気持ちだけです」
だが、中国では勝てなかった。25歳の選手と戦って最終6ラウンドTKO負け。そして燃え尽きた……。 「日本の武道館のようなすごい会場で、6試合が行われたんやけど、私も含め世界各国から6人のチャンピオンが来てました。全試合テレビ放映もついてて、タイトルマッチもありました。最高に幸せで、最高に興奮した。初めてプロボクサーとして扱ってもらったし、こんな舞台は二度とない。試合が終わった瞬間、引退を決めました。未練はあるけど、悔いはないです」 試合に勝って引退するのか、負けて引退するのか。けがで身を引くのか。引き際は人それぞれだろう。防衛戦をすることなく、彼女は引退へ。今後はボディーフィットネスの選手になるというが、そんな異色のアスリートの生き方にほれたファンが今も店にはたくさん飲みに来ている。 ●森本圭美(もりもと・たまみ)。1966年、大阪市大正区出身の女子プロボクサー。スーパーフライ級。WBC傘下のABCOアジア女子スーパーフライ級チャンピオン。戦績は10戦6勝4敗5KO。テレビ出演多数。異色の経歴と活躍は同年代のアスリートを勇気づけている。 (文責 フリーライター・北代靖典) ■北代靖典(きただい・やすのり) 高知県出身。大阪在住。立命館大学文学部中退。日刊ゲンダイをはじめ、スポーツ紙、週刊誌で事件、芸能、ビジネス、グルメ他、多ジャンルの取材を執筆。吉本興業の社史「吉本八十年の歩み」執筆に参加。第4回さいたま市スポーツ文学賞受賞(佳作)。著書に「完全ムショ暮らしマニュアル」(KKベストセラーズ)など。他の筆名での文庫本やビジネス書も。編集プロダクション・むとクリエイト主宰。