『ツミデミック』で直木賞受賞!一穂ミチさん「人には言えないこと」こそ小説になる|VERY
──のちに作家となるご自身が子どものころ影響を受けたことや、いまにつながるような経験はありますか? 自分の母親が読書好きだったので、自然と本を読む習慣があったのは大きいと思います。母本人は、直木賞の贈呈式で編集者に「遊びに連れて行ってとねだられても図書館に放り込んできたのがよかった」と語っていたそうですが……そうだったっけ(笑)。
後ろめたい、でも誰にでも身に覚えがある感覚を描きたい
──『ツミデミック』というタイトルの通り、本作には嘘をつく人、不倫をする人、罪を犯す人など出来心でつい何か起こしてしまうという人が多数登場します。一般的に「後ろめたい」と言われているようなことを書くときに意識していることはありますか? 罪と呼ばれることを、程度の差はあれど誰にでも身に覚えがある感覚として描きたいという思いがあります。社会の規範や常識からこぼれ落ちるものを見つめるのも小説の役割のはず。手の平ですくってもすくってもどうしてもこぼれ落ちてしまう一滴を作品では描きたいと思っています。小説を通して見つめた先に、自分に似た人の姿を見出してもらえたらうれしいです。実際は、後ろめたい話をエンタメとして楽しんでくれる人もたくさんいると思っています。不倫を描くドラマは、どれほど批判されてもつくられ続けているわけで。 ──自分とは違う境遇の主人公や罪を犯す登場人物も多いのですが、嫌悪感を抱くよりも先につい感情移入してしまいました。その読後感は一穂さんが描く視点の優しさから来るのかもしれません。6作品の中から、VERYの読者にお勧めする1作品を選ぶとしたら? 一作挙げるのなら「祝福の歌」かな。主人公の中年男性は、妊娠した高校生の娘から「産んで育てたい」と言われます。さらに一人暮らしをする実母から「隣人が出産したはずだが、子どもの気配が感じられず様子がおかしい」と聞く……というエピソードから始まる話です。
<サイン中の様子。東京・大阪で開かれたサイン会には一穂さんファンがたくさん集まりました。> ──「祝福の歌」は高校生の娘さんをはじめ登場人物がそれぞれに秘密を抱えながらも、ポジティブに物事をとらえていく姿に希望を感じました。 先日、テレビ番組の収録でお会いした鈴木保奈美さんにも「この作品が一番好き」と言ってもらえました。「若年妊娠」を描きましたが、そもそも私は、なぜ高校生が出産してはいけないのかがわからないんです。自立していない年齢ならば性行為そのものに慎重であるべきなのはもちろん重要ですが、それでも妊娠してしまったら?「高校生だから出産はあきらめるべき」「無理に産んだら不幸になる」という価値観には疑問があります。なぜ子どもを産んだら、学生としての生活やこれからの未来が全部台無しになってしまうという前提になるのだろう?こんなに少子化を問題視しているのに、矛盾しています。もしも「予定外に妊娠したが産み育てたい」という子がいるなら、周囲がもっとサポートして、出産が叶う環境をつくったほうがいいと思います。子育てしながら大学に通って、就職もできる。本来ならそんな柔軟な社会になったほうがいいはず。作品にはそんな願いも込めたつもりです。 <PROFILE> ■一穂ミチ(いちほ・みち)さん 大阪府在住。2007年『雪よ林檎の香のごとく』でデビュー。劇場版アニメ化もされた『イエスかノーか半分か』などBL作品を中心に執筆する。21年、一般文芸作品としては自身初となる単行本『スモールワールズ』で、吉川英治文学新人賞を受賞。同作と22年『光のとこにいてね』がともに本屋大賞第3位、直木賞候補作に選ばれた後、24年『ツミデミック』で第171回直木賞を受賞。 構成・文/樋口可奈子