子育ては赤ちゃんの匂いが誘発している? 養育行動との関係性
「衛生」と「愛着」に強い関連性
調査は盛暑の時期を避け、2017年10月にインターネットによる本調査が行われました。対象は日本全国の子育て中の親らであり、888人から回答が得られました。その結果、「頭」「おでこ」「口」「首」「手」「お尻」のうち、匂いを嗅ぐ部位として多かったのは「頭」と「お尻」でした。頭に関しては特に「清潔か確かめたくて嗅いだ」などの衛生面での養育行動に直接結びつく要素、そして「好きな匂いがするので嗅いだ」などの養育行動のために愛着を高める要素との強い関連性が見られました。(図2) 他にも、「お尻」では衛生面に関して、「口」や「手」は愛着と衛生面の両方、「おでこ」や「首」では愛着との関連性が示されました。 つまり、子の匂いを嗅ぐという行動は、親子の愛着を深めるためと衛生状態を確かめるためという2つの要素があり、それぞれ養育行動との結びつきがある可能性を示す結果だったということです。
また、調査は0~6歳の子を持つ親を対象にしており、子の成長に応じた親の行動変化も知ることができます。それによると、愛着に関する項目は、もっとも多かった「頭」をはじめ、ほかの部位でも子の年齢が高くなるにつれて匂いを嗅ぐ割合が減少するという傾向でした。 一方で、衛生面に関する項目については、年齢による変化はありませんでしたが、「お尻」の項目だけは、トイレの自立がはじまる3歳以上になると匂いを嗅ぐ割合が減少しています。(図3) これらを踏まえると、乳幼児期の匂いと親の養育行動にはつながりがあり、養育行動の頻度や内容は子の年齢によって変化するということになります。つまり今回の調査研究によって、乳幼児の笑顔や泣き声と同じように、匂いにも愛着を深めたり、衛生状態を知るためのシグナルとしての役割があるという可能性が示されたのです。
「匂いの研究」がもたらす可能性
この研究結果によって、赤ちゃんの匂いと養育行動に関連が深いと思われる部位が浮かび上がってきました。特に「頭」や「お尻」の匂いについて研究を進めれば、意図的に養育行動を誘発させることが可能になったり、養育行動に関与する匂い物質が特定されたりするかもしれません。もしもそうなれば養育行動の定義に影響を及ぼす大ニュースです。今回の研究成果はまさに人間の嗅覚機能が持つ可能性を示す成果と言えます。 視覚や聴覚はその刺激の強さを光量や音量として客観的な物理量として示すことができますが、嗅覚はそれが難しい分、解明が困難と言われています。ですが、今回の研究成果のように私たちの日常生活の中には、特定の行動と関係する匂いがあるのかもしれません。もしそれが人間の嗅覚でキャッチしても匂いとして感じないもので、でも付加価値の高いものであったら…。 身近であるからこそ不思議で知りたくなる嗅覚の世界。研究の今後の進展が気になります。 【参考論文】 ・「Child odors and parenting: A survey examination of the role of odor in child-rearing」(Okamoto Masako, Mika Shirasu, Rei Fujita, Yukei Hirasawa, and Kazushige Touhara)「PLoS One」より ◎日本科学未来館 科学コミュニケーター 田代修平(たしろ・しゅうへい) 1982年生まれ、埼玉県出身の現役教員。13年間の教員経験を生かし、2016年4月から未来館へ。未来館では宇宙やロボット分野を取り上げた先端科学を取り上げた活動を中心に行っている。趣味でアマチュアオーケストラに所属し、コントラバス奏者。