イスラム国で揺らぐ「国家」 近代史を否定する「現代性」 国際政治学者・六辻彰二
2014年6月29日、イラク北部からシリア西部にまたがる領域を制圧したイスラム過激派「イスラム国」(IS)は、「独立」を宣言しました。ISを率いるバグダディ容疑者は、預言者ムハンマドの正統な後継者を意味する「カリフ」を自称。ISはラッカを首都と定め、税金を徴収する一方、水道や電気などの公共サービスを提供しています。 【図解】中東情勢 複雑に絡み合う対立の構図を整理する
イスラム国「独立宣言」の歴史的な意味
現在のイラクやシリアにかけての領域は、20世紀初めまでオスマン・トルコの支配下にありました。しかし、第一次世界大戦中の1916年に英国とフランスの間で結ばれたサイクス・ピコ協定に基づき、中東一帯はそれぞれの委任統治領(植民地)として分割されたのです。 中東を含めて世界の多くの国境線は、19~20世紀の植民地分割の遺産です。そのため、国内に多くの文化、宗教、人種が混在することは珍しくありません。しかし、いかに不合理な国境線であっても、それを否定し始めると、争いが絶えなくなります。そのため、人々の間に「国民」という意識を作り出すことが、多くの国家にとって独立以来の課題であり続けたのです。このような、列強の勢力争いに基づく国境線をISは否定しているのであり、その建国宣言は、近代以降の歴史そのものの拒絶ともいえるでしょう。
イスラム国と対立する「国家」
一方的に独立を宣言し、異教徒や、同じスンニ派ムスリムであっても従わない者を処刑したり、奴隷にしたりするISは、国際的な脅威とみなされています。8月8日、米国をはじめとする欧米諸国やサウジラビアなどスンニ派のイスラム諸国は、イラク政府からの要請に沿って、イラク領内での空爆を開始しました。 一方のシリアは、イラク戦争後の2003年から米国が支援し続けたイラクと異なり、欧米諸国と対立してきました。そのため、シリアでのIS空爆は、やはりISと対立するアサド政権を利するのではという懸念もありました。しかし、9月23日に米国はスンニ派イスラム諸国とともに、シリア領内でも空爆を開始したのです。 これに関して、米国はシリア政府との協力を否定。一方、アサド政権、そしてアサド政権を支援し、やはり欧米諸国と対立するイランは、これを黙認しているだけでなく、欧米諸国とは別のエリアでISを空爆しています。つまり、従来から対立してきた欧米諸国=スンニ派諸国とイラン=シリアは、ISへの対応において事実上の共同戦線を張っているといえます。 各国政府にとって、ISは安全保障上の脅威であるだけでなく、既存の国境線に基づく国家システムそのものを否定しかねない存在です。立場の違いを超えて、ISの封じ込めで一致する状況は、それぞれの国家が自らの存立基盤である既存の国境線の存続を図り、これに対する異分子の排除に共通の利益をもつことを示します。