【半導体覇者・TSMCの秘密】米国工場より熊本工場が成功するワケ、30年の取材で明かされる“独特の”企業文化とは?
TSMC(台湾積体電路製造)。 国際情勢と世界経済を左右する戦略物資となった半導体、その製造世界シェアの60%を担う世界最大のファウンドリ(半導体受託製造)だ。スマートフォンやパソコン、AI(人工知能)向けに必要な先端半導体に限れば、そのシェアは90%以上に達する。今や世界で最も重要な企業の一角を占める存在となり、株式の時価総額も世界トップ10入りを果たした。 日本・熊本に工場を設立したこともあり、日本メディアでもその企業名をたびたび見かけるようになったTSMCだが、どのようなポリシー、戦略、企業文化を持つ会社なのかというキャラクターについてはよく知られていない。設計企業の委託を受けて半導体を製造する、いわゆる“黒子”の役割に徹してきただけにメディアへの露出をひかえていることが要因だ。 そうした中で、TSMCの顔が見える本が出版された。林宏文『TSMC 世界を動かすヒミツ』(野嶋剛・監修、牧髙光里・訳、CCCメディアハウス、2024年3月)がそれだ。 筆者は台湾・経済誌の記者として30年にわたり、TSMCと台湾半導体産業の歴史を追い続けてきたベテランで、TSMCがどのような企業なのか、その経営陣はどのようなキャラクターなのかを豊富なエピソードから肌感を伝えることに成功している。 今回、来日した林宏文氏に改めてTSMCの強み、弱点、そして日本進出を含めた今後の展望について聞いた。
強さの真相:ビジネスモデルと文化
――2010年代のスマートフォンブーム、そして現在のAIブーム。この2つのビッグトレンドを支える先端半導体製造の分野で、TSMCは一強のポジションを確立しました。その強みの源泉はどこにあるのでしょうか。 第一にビジネスモデルです。TSMCの創業者、モリス・チャンによれば、TSMCは「ビジネスモデルのイノベーション」企業です。製品や技術のイノベーションも重要ですが、ビジネスモデルの価値はそれ以上だと彼は強調しています。 TSMC誕生以前はIDM(Integrated Device Manufacturer、垂直統合型デバイスメーカー)、つまり設計から製造まで一社で担う形態が一般的でした。ですが、技術開発が進むにつれ、製造に必要な投資額は年々高額になります。これでは新たな半導体チップのアイデアを持つ新興企業でも参入は難しいですし、大手企業であっても一つの商品の失敗で会社が潰れかねない。設計と製造を分離し、多くの企業から注文を集めて製造に特化するファウンドリ、このビジネスモデルは時代の要請に合致するものでした。 スマートフォンのアップルやクアルコム、GPUのNVIDIA、電気自動車(EV)のテスラなど、新たに登場した企業やプロダクトは、ファウンドリの誕生というイノベーションの恩恵により飛躍したのです。 ――垂直統合型からの転換は時代のニーズに合致していた、と。ただTSMCが発明したファウンドリというビジネスモデルはその後、多くの企業が採用しています。それでもTSMCが勝ち続けられた理由について、『TSMC 世界を動かすヒミツ』では“文化”が強調されていたことが印象的でした。 ファウンドリをまるで自分たちの工場のように使ってもらうためには、徹底的な顧客対応サービスが重要です。技術的な課題があれば一緒に取り組み、トラブルが起きれば真夜中でも即座に対応する。社員の奥さんもそれが当たり前だと思っているので、真夜中に出社することになっても文句一つ言わない(笑)。 TSMCの売上総利益率は50%を超えています。製造業としてはありえないレベルの高水準ですが、それは彼らの事業が徹底的に顧客によりそう、サービス業としての性格をもつことで初めて成し遂げられました。 クライアントの信頼を獲得し、複数の一流企業の発注を受けていくと、その製造過程で最新情報やノウハウが蓄積されていく。こうして培われた能力が信頼され、さらにクライアントが増えていく。雪だるま式に発展していくわけです。 根本である、徹底的な顧客対応を実現するには、与えられた仕事は責任感を持ってやり遂げる企業文化が必要です。日本の方にとっては当たり前の話に思えるかもしれませんが、これは東アジアの製造業文化とでも言うべきものです。 モリス・チャンもTSMCの文化の7~9割は台湾に由来すると話しています。お客さんが困っていても定時になったら退勤するような欧米ではこうはいきません。その代わりに彼らは設計や標準策定などの分野で強みを持っています。このように文化的な土壌はきわめて重要なのです。 製造業文化はアジア共通のものですが、その中でも特に台湾は最終製品を作り出すメーカーが弱く、その分、黒子として製造を支援するという方向に傾注していきました。エレクトロニクス産業の歴史を紐解くと、日本や韓国の台頭は必ず他のどこかの国、企業の衰退とセットでしたが、台湾は違います。他の企業の成長を支える黒子としての役割がメインだからです。これはアジアの中でも唯一、台湾特有のユニークな点です。