ベトナムは米国からF16を買うのか? トランプ政権の誕生が「千載一隅のチャンス」になる理由
ただベトナムにとって国力の衰えが目立つロシアは難敵ではない。プーチンが怒ったところで、ベトナムに有効な制裁を加えることはできない。両国を結びつけていたのは共産主義というイデオロギーであったが、共産主義はベトナムにおいても昔日の勢いはない。ベトナムとロシアの友好は追憶でしかない。 ■ 南シナ海問題の重大な転換点に 本当の問題は習近平の怒りである。ベトナムがF16を100機購入すると、それは南シナ海問題に大きな影響を与える。 ベトナムは西沙諸島と南砂諸島の領有権を巡って中国と対立している。ベトナムと西沙諸島の距離は約500km、南沙諸島は約1000kmである。F16の航続距離は4000km程度とされるから、ベトナムの中部と南部に基地を造ればF16は両諸島の上空で作戦行動をとることができる。一方、南シナ海の島々、特に南沙諸島は中国から遠い。 中国は海軍力を強化しているといっても保有する空母は3隻であり、3隻目の空母「福建」は試験航海を2024年5月に実施したが、まだ実戦配備されていない。福建は、中国が十分な技術を持っていないにもかかわらず電磁カタパルトを採用したために、近日中の配備が疑問視されている。 この程度の海軍力で南シナ海において、「牛の舌」とも呼ばれる広大な領域を勝手に領海と宣言することができたのは、フィリピンやベトナムの海軍や空軍が弱かったからだ。航行の自由作戦は米国や英国しか行うことができなかった。 しかし西沙諸島や南砂諸島の上空をベトナムのF16が編隊飛行するようになったらどうなるのだろうか。ベトナムの制空権下で、中国の艦艇はベトナムの漁船に故意に衝突するなどといった狼藉は怖くてできなくなる。ベトナムが米国からF16を購入することは、南シナ海問題の重大な転換点になる。
■ 言い訳に使えるトランプの圧力 ベトナムは内心F16を購入したいようだ。しかし北部で陸路国境を接している中国を怒らせることは、絶対に避けなければならない。 これまでベトナムはバンブー外交(竹のようにしなやかな外交)と称して、どの国とも友好関係を維持する政策を続けてきたが、中国が世界第2位の経済大国になった頃からは中国に傾斜していた。中国の経済発展のおこぼれに預かりたいという思いとともに、経済力に支えられた軍事力を恐れていたためだ。 ただここに来て不動産バブルが崩壊し、中国経済に綻びが見え始めた。その一方でベトナムは一人当たりGDPが5000ドルに迫るなど、もはや開発途上国ではなくなりつつある。米国からF16を買うこともできる。F16を導入すれば、南シナ海で中国に勝る軍事力を持つことができる。そうなれば西沙諸島や南砂諸島の問題において、いつまでも中国の言いなりになる必要はない。隠忍自重しなくてもよい。そんな気分になりつつある。 そうは言っても中国は北の巨人である。ベトナムには本格的に中国と対峙する国力はない。そんな逡巡もある。その一方で、トランプの圧力は言い訳に使えるのではないかとも考え始めている。F16を導入したのは米国の圧力に屈しただけと言い訳できる。ディール好きのトランプの出現はF16を手に入れる千載一遇のチャンスになっている。 水面下で密かにそんな話が語られる今日この頃のハノイである。
川島 博之