【竹原慎二のライバル】レフェリーに転向した元日本チャンピオンが明かす「選手の安全を守る最後の砦」ボクシング審判員の知られざる日常
何試合やっても日当は1万円!?
日本でボクシング審判員は講習を受けている者も含めて東京・名古屋地区で30人、全国で60人ほど。そのうち国際審判はマーチンを含めて8人だ。JBCの試合役員(審判員)募集要項には、〈試合の勝敗を決する非常に重要な業務となります。あくまでも公平な視点と、機敏な運動能力、適切な判断能力が求められます。選手のダメージを適切に見極め、試合をストップして選手の安全を守るリング上の最後の砦となる業務です〉と記されている。 審判員になるには所属ジムなどの推薦が必要となる。定員は決まっていないが、全国にいる約60人の公認審判員に欠員が出ないと補充されず、ボクシングの審判員としてふさわしい人格と知識を持った者がJBCから認定を受ける。 狭き門にもかかわらず、その報酬は驚くほど少額だ。それにはボクシングの試合が独特のシステムで行なわれることも関係している。審判員の報酬は興行を主催するプロモーターが用意する公式戦認定料の中から支払われる。プロモーターの意向に沿った不公平な判定を抑止するために、審判のギャランティーを少額に設定しているともいわれる。 後楽園ホールでのノンタイトルマッチであれば、日当は1万円程度。1日で何試合審判を務めても同額だ。世界戦は団体ごとに違いはあるものの、前日計量の立ち会いなど拘束が複数日になることもあって、約1200ドル(約17万円)が支払われるという。 審判員として生計を立てることができないため、“本業”を持っている審判員が大半だ。マーチンも普段は会社員として運送会社に勤務している。平日は仕事を休めないので、主に土日・祝日の試合で審判員を務める。 「月に4回のペースですね。オファーがあれば全国どこでも行きます。実はレフェリーもジャッジもギャラは同じ。まぁ、どちらにしても安いですよ(苦笑)」
「レフェリーはフットワークが命です」
服装は「蝶ネクタイに白シャツ」と規定されている。ネクタイは自前で用意するが、白シャツは支給される。試合会場には白シャツを必ず2枚持っていくという。 「出血を伴うことが多い競技ですから、レフェリーをやると選手の血がシャツに飛んでくる。1日に8試合あればレフェリーを2試合務めるので、着替えのシャツは必須なんです」 レフェリーの運動量は凄い。世界戦ともなれば3分×12ラウンドを選手とともに18~24フィート四方のリング上を動き回る。健康管理も大変だ。 「毎朝ウォーキングをして、休みの日にはランニングをしています。レフェリーはフットワークが命です。 あとは動体視力。研修ではボクシングの練習で使うパンチングボールを使ったりしますが、時間があれば遠くを眺め、走っている車のナンバーを見るのもトレーニングのひとつです。懸垂も毎日やっている。会社に手作りの鉄棒があって、時間があればぶら下がります。運動量と判断力を落とさない努力を続けています」 60歳を過ぎたマーチンには過酷にも思えるが、「実は60歳を超えた今がレフェリーとしてのピークだと思う」と語る。 「レフェリーでもジャッジでも、どれだけ多くの試合をさばいてきたかの経験が重要です。それにフットワークは審判を始めた頃と変わらない。もともと足を使うボクサーだったというのもプラスになっている。引退後にレフェリーのオファーをもらえたのも、現役時代のスタイルがあったからだと思う。今でも選手たちのスピードにしっかり対応できます」 JBCの規定では審判員の定年は70歳。2007年までは定年の規定はなく、判断力が落ちなければ何歳でも続けることができた。世界戦で97試合のレフェリー・ジャッジを務めた森田健は、定年制度ができる前の05年に70歳で審判生活にピリオドを打った(その後、JBCの審判委員長、事務局長などを歴任)。 「レフェリーにはジャッジング、レフェリング、フットワークが求められますが、やはり70歳になると肉体的な衰えが出てくるのだと思う。体力を維持できるかどうかが大事になってくるだろうが、オファーをもらえる限りは審判員を続けたいですね」 (第2回に続く) ※『審判はつらいよ』(小学館新書)より一部抜粋・再構成 【プロフィール】 鵜飼克郎(うかい・よしろう)/1957年、兵庫県生まれ。『週刊ポスト』記者として、スポーツ、社会問題を中心に幅広く取材活動を重ね、特に野球界、角界の深奥に斬り込んだ数々のスクープで話題を集めた。主な著書に金田正一、長嶋茂雄、王貞治ら名選手 人のインタビュー集『巨人V9 50年目の真実』(小学館)、『貴の乱』、『貴乃花「角界追放劇」の全真相』(いずれも宝島社、共著)などがある。ボクシングレフェリーのほか、野球、サッカー、大相撲など8競技のベテラン審判員の証言を集めた新刊『審判はつらいよ』(小学館新書)が好評発売中。
【関連記事】
- 【インタビュー】井上尚弥の「本当の凄さ」に迫ったノンフィクション 著者が明かす「敗北を喫した伝説の選手たちが感じた井上が“怪物”である理由」
- 「三笘の1ミリ」「マラドーナの神の手ゴール」は“ビデオ判定の有無”が生んだ? それでもサッカー審判が「機械だけには任せられない」理由
- 【ゴルフ競技委員はつらいよ】ゴルフ界のレジェンドも戸惑う頻繁な「ゴルフ」のルール改訂「怒ってバンカーの砂を叩くと…」「自打球は…」
- 【プロ野球審判はつらいよ】ロッテ佐々木朗希「完全試合」の球審が明かす“舞台裏”「5回終了時に“今日は、このまま行くんちゃうか”と話していた」
- 【プロ野球審判はつらいよ】球史に残る「ガルベス退場劇」を裁いたプロ野球審判員「ミスターの目の前で息子を退場処分」にしたことも