名門校に衝撃、「在日の金くん」ヘイト投稿訴訟はじまる…同窓生が「絶対に差別ダメ」と訴えるワケ
「50年来の友人から、X(旧ツイッター)でヘイトスピーチを受けた」。在日韓国人3世の金正則さん(69)が、高校の同級生だった男性を相手取り損害賠償を求めた裁判の第1回口頭弁論が5月30日、東京地裁でおこなわれた。 この日は、原告の金さんの意見陳述があり、20席程度しかない小さな法廷には、その倍以上の傍聴希望者が詰めかけた。金さんの学生時代の友人や後輩たちも駆けつけて、裁判が終わったあとの記者会見に同席した。(ライター・碓氷連太郎) ●なぜ「ヘイトスピーチ」を始めたのか「謎のまま」 九州大学名誉教授の津崎兼彰さんは、金さんの中学・高校の同級生で、被告の男性とも面識がある。 津崎さんによると、被告とは高校時代、同じ硬式テニス部に所属していて「個人的な付き合いはなかったが、被告は友人が多く、嫌な印象を持ったことはなかった。学校行事を率先して請け負う、活発さがあったのを覚えている」という。 そんな彼がどうして突如、金さんへの「ヘイトスピーチ」を始めたのか。津崎さんに問うと、「まったくわからない」と戸惑いをにじませた。 金さんが同級生のメーリングリストで、被告のツイッター投稿(在日韓国人に対するヘイト)に注意したことをきっかけに、別の友人が福岡で開かれた同窓会の場で、書き込みを止めるよう諫めたこともあったという。 「なんでこんなことが起きたんだ」と、津崎さんの仲間うちで話題にのぼったこともあった。しかし、その「なぜ」について、被告が語らないため誰もわからず、今日まで謎のままだという。 ●共に学んだ仲間の「ヘイト投稿」に嫌悪感 この日の記者会見には、津崎さんのほか、金さんの大学時代の友人である山本一太さん、高校の後輩で音楽プロデューサーの松尾潔さんも参加したが、金さんによると、原告支持を表明する同窓生や友人を探すのは困難だったという。 津崎さんも「この場に同席することで中学、高校の地域の絆が、さらに傷つくことにならないか心配した」と明かしている。 では、なぜ、実名顔出しで支援を表明したのか。津崎さんは2つの理由を挙げた。1つは20代後半から30歳にかけて過ごしたマサチューセッツ工科大学(MIT)を擁する米ボストンでの体験という。 「ポスドクとして働いていたMITには、ユーゴ(スラビア)やイラン、インド、メキシコ、韓国や中国など、さまざまな国から人が集まっていました。それぞれに素晴らしい個性を持ち、どこの国の人だからと、相手を差別することなどありませんでした。それが多くの国籍や人種が集う、MITで生きるための作法であり節度だったのです。 しかし、一歩外に出ると、東洋人である自分もマイノリティとして差別を受けました。このときの経験から『差別は絶対にしてはいけないものだ』と実感しました。 中学、高校時代は金くんを在日韓国人と認識しておらず、帰国後に在日三世と知りました。でも、特段気持ちが変わることはなく、修猷館高校で一緒に学んだときと同じ優しい目を持つ、そのままの林くん(金さんの日本名)でした。 ボストンの町とMITは、私にとって大切な故郷で、自分を育ててくれて帰って行ける街だと思っています。金さんと一緒に過ごした福岡市立百道中学校、県立修猷館高校も大切な故郷で、まさに『産土』です。 これが破壊されたら、人生そのものも壊れてしまうと思います。10代のエネルギー溢れる自分を育ててくれたはずの『産土』で、共に学んだ仲間のヘイト投稿に嫌悪感が走りました」 ●亡くなった友人の存在があった そしてもう1つは、やはり修猷館高校の仲間で、2016年に亡くなった橋本千尋弁護士の存在があるという。 橋本弁護士はピアニストの崔善愛さんが指紋押捺を拒否してアメリカに留学し、帰国後に協定永住資格がなくなったことをめぐる訴訟(指紋押捺拒否および再入国不許可取消訴訟)の代理人をつとめた。 ※協定永住資格…日韓基本条約締結後から91年に入管法特例法が施行されるまで在日韓国人に与えられていた、定住資格のこと。 また、じん肺国賠訴訟や生活保護変更決定処分取消請求等訴訟など、社会的弱者のために奔走したことで知られている。 「いろいろ悩んでいるときに、金くんが『千尋がいたらどうするだろうか』と言ったんです。 千尋とは高校2年のときに同じクラスになり、亡くなるまで親しくしていました。ともに京都大学に入学したのですが、吉田寮に住んでいた彼の部屋で『人間は何をなすべきか』ということを語り合いました。 すると『津崎、お前は研究者、教師で人を育てろ。おれは弁護士で人を救い社会を変える』と言って、握手を求めてきたんです。そのときの手の感触を今も覚えています。彼はまさに弁護士法第1条(*)にのっとった弁護士でした。 千尋のことを思い出させてくれて、先頭に立って差別をなくそうとする金くんに敬意を表したいし、ちょっと震えがきていましたが、彼の隣に座ったことを今は誇りに感じています」 (*) 弁護士法第1条 弁護士は、基本的人権を擁護し、社会正義を実現することを使命とする。 2 弁護士は、前項の使命に基き、誠実にその職務を行い、社会秩序の維持及び法律制度の改善に努力しなければならない。
弁護士ドットコムニュース編集部