『ありす、宇宙(どこ)までも』売野機子著 評者:トミヤマユキコ【このマンガもすごい!】
評者:トミヤマユキコ(マンガ研究者)
世間一般のマナーとして「ネタバレNG」とか「オチを先に言うのはダメ」とか言われることがある。でも、それって本当かな~!? と思っているわたしだ。売野機子(うりのきこ)の新作を読むと、その思いは一層強くなる。 本作の裏表紙には、ハッキリこう書かれている。「一人の少女が日本人初の女性宇宙飛行士船長になるまでの物語、開幕!!」……ネタバレもネタバレである。主人公の女子中学生・朝日田(あさひだ)ありすは、最終的に日本人初の女性コマンダー(船長)になる。つまりゴールは最初から見えているのだ。でも、だからって、読んでいてつまらないことはない。むしろ読者は、予想外の展開に心地よく振り回されることになる。 なんと言っても、ありすの設定が絶妙だ。彼女は言葉を上手に扱うことができない少女として描かれている。幼い頃から英語教育を受け、2ヵ国語を話せるようになる……はずだったのだが、バイリンガル(2言語話者)ではなく、セミリンガル(母語も他の言語も習得が不十分な状態)になった。周囲は単に勉強が苦手な子だと思っているようだが、そんな簡単な話ではない。 彼女がセミリンガルであることに気づいたのは、同い年の孤独な少年・犬星類(いぬぼしるい)。彼はその天才的な頭脳を使って、ありすのよき相棒になる(つまり本作は男女バディものとしての側面も持っている)。「君はバカじゃないかもしれないってこと!」「つまり、なんにでもなれるって言ってるんだ」と類に告げられたありすは、一から勉強をやり直し、宇宙飛行士を目指すと決める。生まれ直さない限り不可能だと思っていた夢を諦めなくていいとわかったときのありすの気持ちを思うと、こちらまで胸が熱くなる。 1巻の終わりでは、ありすの特性が運命を切り拓く鍵となっている。宇宙飛行士選抜試験ワークショップに参加したありすは、他の優秀な中学生たちに気圧(けお)され、ちょっと気の毒な状況に陥っている。しかもこのワークショップでは、ひとつ課題をこなすたびに「一緒に宇宙船に乗りたい人と乗りたくない人」を紙に書いて投票しないといけないのだ。誰かのペンが「キュ。キュ」と鳴るのを聴くだけで、それが自分のゼッケン番号11番であることに気づいてしまうありす。聞こえすぎてしまうつらさがそこにはある。 しかし類はそれこそがありすの強みだと信じて疑わない。この強みをどう活かすのか。それについては2巻が出てのお楽しみなのだが、ここで大事なのは、ありすの可能性を信じ、ありすに賭ける類のひたむきな姿であろう。「子供は、自分の力で未来を変えることができる」を信条とする類にとって、ありすを教え導くことは、ただの道楽でもお節介でもない。彼自身の人生を肯定するための営みでもあるのだ。 「みんな」の中に組み込まれながら、しかし「みんな」とは違っている少女&少年が、自分と向き合い、自分を愛し、受け入れていく。そのプロセスにこんなにも心動かされるなんて(まだ1巻なのに)。オチがわかっていても、絶対に読んでほしい作品だ。 (『中央公論』2025年1月号より) ◆トミヤマユキコ マンガ研究者