体調悪いはずが急回復?タイのタクシン元首相が故郷で見せた影響力 国外逃亡から十数年、「大物復帰」で揺れる政界
▽相次ぐ「タクシン詣で」 「仮釈放されたとしても、タクシン氏は政治には関わらない意向だ」。近く仮釈放されるとの観測が高まっていた1月、タクシン派「タイ貢献党」の関係者はそう明かしていた。しかし、今やそれを額面通りに受け止める向きはない。確かに党の役職には就いていないが、チェンマイ訪問中、次女のペートンタン氏がぴったりと寄り添っていた。 ペートンタン氏は昨年10月からタイ貢献党の党首を務める。タクシン氏帰国からわずか約2カ月後の就任だった。タクシン氏は「彼女が実行したり決定したりすることは何であっても支援する」と記者団に断言した。将来的に首相を目指すとみられているペートンタン氏は、隣でにっこりと笑った。 さらに、3日間のチェンマイ滞在中にはタイ政界から「タクシン詣で」が相次いだ。欧州歴訪から帰国したばかりの国のトップ、セター首相も駆け付けた。表向きはチェンマイの大気汚染問題に関する視察が目的だが、到着するとすぐにタクシン氏と面会した。タマナット農相も「偶然チェンマイ訪問が重なった」として、タクシン氏に一部同行した。政界への影響力はいまだに大きいことが改めて示された。
▽「お膝元」をてこ入れか タクシン氏の復活で、タクシン派の復権が盤石となるのか―。話はそう単純ではなさそうだ。実はチェンマイでは昨年の下院総選挙時、タイ貢献党は10議席中2議席しか奪えていない。かつてタクシン氏のお膝元として圧倒的な強さを誇ったのはもはや過去の話。若者の支持を受けた最大野党「前進党」が7議席を占める。前進党はタブー視される王室への不敬罪の見直しや国軍の徴兵制廃止などを訴え、全国で躍進して下院第1党となった。 タクシン派のタイ貢献党は第2党に甘んじたが、軍や王室と関係が深い保守的な政党などと大連立を組むことで政権発足を主導し、なんとか前進党を野党に追いやった経緯がある。タクシン派の今後の政権維持が盤石とは言えない中、今回の訪問により「地元のてこ入れ」を図ったと見られている。 ▽戻ってきた「本物」 タイ政界の動きは複雑で、前進党もまた危機にある。改革を訴えたことで王室や軍に近い保守層から怒りを買い、1月に憲法裁から公約の違憲判断を受けているのだ。今後、解党を命じられる可能性もある。ただ、もしそうなった場合でも前進党を支持した若者たちの関心をタクシン派が取り込めるかと言えばそれは疑問だ。一部メディアは「若い世代はタクシン氏を知らない」と冷ややかに報じる。
とはいえタクシン氏の再始動が今後本格化すれば、政界への影響力がさらに強まる可能性はある。実際、チェンマイ訪問からバンコクに戻った約2週間後にはタイ貢献党の党本部を訪れ、またも支持者から歓迎を受けた。タクシン氏は4月の仏教暦の正月「ソンクラーン」の時期もチェンマイを再訪する予定で、今後も「毎年来たい」と意欲を見せる。今回の同行メディアは100人以上。「まるで現役首相が視察に来たようだ。やっぱりタクシン氏は本物の政治家だね」。地元記者がこう漏らしたほどの「大物」が、タイ政界に戻ってきた。