「生まれもってのヒーローいない」前ラグビー日本代表荒木コーチ講演
荷物を運びながら選手とコミュニケーション
メンタルトレーニングには、室内でのめい想や個人面談などの静的なイメージがつきまとうが、講演壇上の大きなスクリーンに、ラグビー日本代表の合宿時、荒木さんが選手の全体練習に参加している情景が映し出される。 「合宿では私も荷物を運び、練習がスムーズに進むよう手伝う。メンタルコーチ本来の役割は練習などを通じて選手たちといろいろ話をしながら、どのようにしたら選手たちがコーチや同僚選手としっかりコミュニケーションを取り、効果的な練習に取り組めるかという観点から、さまざまなことに介入していくことです」(荒木さん) 練習に加わり選手たちを観察する。練習する環境こそが大切だからだ。 「選手たちは自分のプレーがうまくいかないと、ついつい自分のせいだと考えがちですが、能力を発揮できる環境が整っているのかを分析する必要がある。チームの戦略戦術を理解できない場合、監督やコーチに確認できる環境があるか、などだ」(荒木さん) 熱血指導がときに選手の成長を引き出す。半面、指導者が選手に対し、指導者が定めた練習に、黙々と打ち込む気力や忠誠心、勤勉さを求めがちになりかねない。 「オフシーズンに練習をしない選手への対処法を、指導者から聞かれることがあります。選手本人はやる気があるにもかかわらず、本人にとって魅力的で楽しく取り組める練習のプログラムになっていないかもしれない。練習内容を見直してくださいと助言しています」(荒木さん) 伸び悩んでいる選手やチームの指導者には、心当たりがあるのではないだろうか。
指導者は選手に目標を与えないで聞き出して
荒木さんは「指導者は選手に目標を与えないで、目標を聞き出してあげてほしい」と強調する。 「選手にとって、結果を目標にするよりは過程を目標にする方が、結果につながっていくと思います。高い目標ではなくて、少し頑張れば達成できるような目標でいい。何回もやり直すことで自信が付いてきますし、何回も何回も考えることで自分にどんな方法が合っているのか、どんな方法が得意なのかも分かってくる。たくさん失敗をしながら、達成するためにどうすればいいのか、工夫を重ねていく」 自身の目標がチームに貢献できることも意義深い。「スポーツ心理学では、自分がコントロールできることをしっかりコントロールしていくことを重視する。周囲の人は変えられないが、自分が変わることはできる。試合の場所や対戦相手、気候や環境などはコントロールできませんが、自分の準備はコントロールできます」(荒木さん) メンタルトレーニングが有効なのは、スポーツ選手に限らない。荒木さんは「ビジネスパーソンや、舞台で演じる俳優、手術を執刀する外科医などにも、効果的なトレーニングです」と話す。 心と対話する理論と技術を通じて自分に気付き、周囲に視野を広げ、チームに貢献する。的確な目標に向け、体験を通じて成長していく。スポーツはもとより、ビジネスや多様な創作活動などに、取り入れる人たちが増えそうだ。 (文責・岡村雅之/関西ライター名鑑)