「四季・ユートピアノ」…演出家・映画監督の佐々木昭一郎さん死去、人間の「最大の美徳」追いかけた人
人の体に切れ目を入れて裏返せば、出てくるのは血や臓物。それはまぎれもない現実だ。ただ、佐々木さんが見せたのは、もう一つの現実だ。パッヘルベルのカノン、モーツァルト……美しい音楽で世界に裂け目をつくり、人の心を裏返すことによって見えてくる夢や記憶を描き出した。フィジカルな現実によって構成されているろくでもない現実を、圧倒的に純粋で切実で痛ましくも美しいものをつかみだすことで凌駕(りょうが)する。
1936年生まれの「佐々木少年」の戦時中の体験、記憶と密接につながっている映画「ミンヨン」を見ても、そう思う。同作の構想などを記した大きなノートには、こんな言葉が書き付けられていた。
<人間の最大の美徳は夢を見ることだ 反対に 最大の悪徳は原爆を持つことだ>
佐々木さんは、ずっと草野球を続けていて、普段はスポーティーな装い。でも、中折れ帽にジャケット、ネクタイという姿もとてもさまになる人だった。その多面性、柔らかな何かを体の内に秘めているような気配が、作品にも重なる気がした。
「ミンヨン」を発表した後は、同作の私家版サウンドトラック制作や、紙を使ったコラージュに取り組んだりもしていた。どちらも飽くことなく改訂を重ね、自分の純粋な思いにぴたりとくる表現をさぐりあてようとしているようだった。
そんな時間の中で佐々木さんが醸成していたはずの千の物語、千の夢が、新たな映像作品になるのを見たかった。それはもうかなわないけれど、これまでの作品は残っている。再放送でも再上映でもいい。みんながもう一度、佐々木作品を通して人間が進む先を見つめ直す機会が増えることを願う。
「川の流れはバイオリンの音」の中で、中尾さんが演じるA子(栄子)が出会うイタリアの言葉をいま一度抱きしめ、佐々木さんに手向けたい。「黄金のゆめを Sogni d’oro」