老いた親との関係が一番難しい...「介護をめぐる諍い」を防ぐための心得
多くの人を悩ませる「親の介護」。長生きして欲しいと思っているのに、親と意見が食い違ってフラストレーションがたまり口論に発展するなど、諍(いさか)いが生じるケースも珍しくありません。親と円満な関係を維持し、残された時間を共に生きていくために必要なこととは? 哲学者の岸見一郎さんが語ります。 ※本稿は、岸見一郎著『老いる勇気』(PHP文庫)より、内容を一部抜粋・編集したものです。
介護で心労を抱えてしまう理由
ひたひたと押し寄せる老いの波が、人を、そして日々の暮らしをどのように変えていくのか──。身をもってそれを教えてくれるのが親です。「百聞は一見に如かず」といいますが、親を介護していると、これが老いるということなのかと思い知ることになります。 自らの衰えもさることながら、親の老いを目の当たりにするのは切ないものです。足元がおぼつかなくなり、ジグソーパズルのピースが一つ、また一つと欠けていくように記憶が失われ、やがて日常生活に様々な困難が生じてきます。 そうなった時に、どのようにケアの態勢を整えていくかということも重要ですが、実は一番難しくて、意外に見落とされがちなのが、老いた親とどう向き合い、どのように接するかということです。 介護によって心労を抱えることになるのは、親には幸せな晩年を過ごしてほしいと願うからこそです。そのために、できる限りのことはしたいと思いつつも、終わりの見えない介護の日々に心が塞ぎ、精神的に追い詰められていく人が少なくないのが現実です。 そうなると、幸せであってほしいという気持ちとは裏腹に、親に声を荒らげてしまったり、口論になって後味の悪い思いをしたりすることになってしまいます。 アドラーは、「すべての悩みは対人関係の悩みである」と語っています。介護の悩みも対人関係の悩みです。しかも、老いた親との関係は、対人関係の中で一番難しい。なぜなら、どんな関係よりも近く、かつ関係の歴史が長いからです。 いかなる対人関係も、どちらかが歩み寄らなければ変わりません。とはいえ、他者を変えることはできない。相手を変えられないとなれば、自分が変わるほかありません。介護が必要となった親との関係も、まずは「自分が変わる」と決心する。これが第一歩です。 何度も同じ話をしたり、わがままをいったり、時にはこちらを困らせることもあるでしょう。 しかし、老いた親に残された時間、自分が親といられる時間はそう長くはありません。腹を立てている暇はないのです。必要なのは、そういうことにいちいち腹を立てない覚悟であり、現実を受け入れる勇気です。