【社説】検事正の性暴力 被害者の声が聞こえるか
被害者の尊厳を踏みにじる卑劣な行為であり、断じて許されない。あろうことか、加害者は法に基づき不正を追及する地検のトップである。本人はもちろん、検察も重く受け止めねばならない。 弁護士の北川健太郎被告は大阪地検検事正だった2018年9月、酒に酔った部下の女性検事に性的暴行をしたとして、準強制性交の罪に問われている。 先月開かれた大阪地裁の初公判で、被告は起訴内容を認め謝罪した。 起訴状などによると、職場の懇親会で泥酔した女性がタクシーで帰宅しようとしたところ、被告が強引に乗り込んで自身の官舎に連れて行き、性的暴行に及んだ。 意識が戻った女性が暴行をやめるよう訴えたのに「これでおまえも俺の女だ」と言って加害行為を続けた。さらに「公にされたら死ぬ」「検察に迷惑がかかる」などと口止めしたという。 初公判の後、女性は記者会見した。被害に気付いた時は「恐怖して、驚愕(きょうがく)して、絶望して、凍りついた」と振り返った。 「女性として、妻として、母としての私の尊厳、そして検事としての尊厳を踏みにじられ、身も心もぼろぼろにされ、家族との平穏な生活も、大切な仕事も、全て壊されました」。非道な行為への憤りを禁じ得ない。 女性はフラッシュバックや心的外傷後ストレス障害(PTSD)に苦しみ、休職している。性暴力の被害者は、心身の傷の深さや周囲の無理解から声を上げにくい。 相手が上司であればなおさらだ。女性が検察幹部に被害を相談するまでに5年以上かかったことからも、その困難さがうかがえる。 検察の対応には問題点がいくつもある。 大阪高検は今年6月に被告を逮捕した際、被害者のプライバシー保護を理由に詳しい容疑を明らかにしていない。検事正在任中の容疑だったことに触れなかったのは、隠蔽(いんぺい)の意図があったとしか言いようがない。 女性は同僚だった副検事が捜査情報を被告側に漏らしたり、誹謗(ひぼう)中傷したりしたとして、国家公務員法違反や名誉毀損(きそん)などの疑いで告訴・告発した。事実であれば深刻な二次被害である。 なぜこのような忌まわしい犯罪に及ぶ人物が地検の長になったのか。組織として性暴力に対する人権意識が欠けていたのではないか。検察は組織の重大事と捉えて検証し、国民に見える形で再発防止に努めるべきだ。 女性が勇気を振り絞って会見したのは、同じように苦しむ人に寄り添い、性犯罪を撲滅したいとの思いからだ。検事の役割を全うする責任感の表れでもあろう。 「被害者に、あなたは何も悪くないと伝えたい」というメッセージを社会全体で受け止めたい。
西日本新聞