「世間の人たちは、ヒーローが苦しむのを見るのが好きだな」デヴィッド・ボウイの言葉に垣間見る、セレブたちの受難。
文筆家・村上香住子が胸をときめかせた言葉を綴る連載「La boîte à bijoux pour les mots précieuxーことばの宝石箱」。今回は"地球に落ちてきた"ロックスターにして俳優、デヴィッド・ボウイの言葉をご紹介。 「あっ、本当に金眼銀眼なのですね」 1980年代後半、ある男性誌のために初めてデヴィッド・ボウイをロンドンでインタヴューしたとき、私は思わずそう言ってしまい、その美しく輝く眼を覗き込んでしまった。 「うちの東京の猫と同じなので」 初対面なのに、不躾に唐突なことを言い出した日本人のジャーナリストに、片方は黄金色、片方は銀色の眼をしたボウイは面白そうに笑っていた。実際に当時東京の私の実家にいた黒猫は、極めてレアといわれる生まれついての金眼銀眼だったのだ。
「僕のこれはね、15歳の時に、友達と喧嘩をして右目を殴られたんだ。あの頃はよく喧嘩をしたものさ。その時殴った相手とも、その後仲直りしている」 寛容なボウイはどうやら私を許してくれたように、優しく説明してくれた。初対面からどんなにルール違反のボールを投げても、彼はちゃんと打ち返してくれるナイスなひとだ、というのがその時の私の印象だった。 ボウイがこのセンテンスをどういう状況で言ったのかは分からないが、「世間の人たちは~」という言葉は、あるヒーローが危機に立たされて苦境に落ちた様をみて、思わず言ったのかもしれない。それとも自分も気を付けなければ、といった自戒の念も入っているのだろうか。14歳の頃からロックを始め、20代初めになってやっと世間に認められるまで、ボウイも相当苦労していたようだ。そこから世界の舞台に駆け上がりスーパースターになったのだが、どれだけ登り詰めても、結局世間の人たちは、ヒーローがつまずき失敗をすると、容赦なく掌を返し好奇心に取り憑かれるので、メディアも世間にその情報を提供しようとして躍起になる。そういうことが、ピュアを好むボウイには、我慢ならなかったのかもしれない。