穴持たずの熊が「笑った」場面に背筋が凍る…中江有里が語る令和の熊文学!【新年おすすめ本BEST5】(レビュー)
河崎秋子『ともぐい』は「令和の熊文学」。人間が畏怖する熊とある男の物語。 人里離れた山中、狩猟で糧を得る男・熊爪。自分の歳も知らないまま、養父に生きる術を教えられて成長した。ある日養父が消えてからは、死ぬまで狩りをして生きると決めた。 「穴持たず」と呼ばれる冬眠をしない熊との闘いには息をのむ。特に熊が「笑った」場面では背筋が冷えた。 次のターゲットの熊「赤毛」はさらに手強い。格闘の末に死に損なった熊爪は、これまでの生き方を変えることにする。 熊爪は熊になろうとした人間かもしれない。結果半端な人間であることを自覚し、ぬくもりを求めて里から連れ帰った陽子と暮らし始めたが……舞台は日露戦争直前の近代化へ向かう時代。社会からはみ出してしまった熊爪と陽子のラストはこれしかない、と思えた。
新鋭作家ナオミ・イシグロの『逃げ道』はデビュー短篇集。タイトルはバラバラの物語をつらぬくテーマとも言える。「くま」は家具を買うためにのぞいたオークションで妻が巨大なぬいぐるみを落札した夫の戸惑いが描かれる。新婚家庭に鎮座するぬいぐるみへの愛を妻は隠さない。 「彼女の考えや気持ちはよく理解しているつもりだった」。ぬいぐるみを過剰に愛する妻を理解できないまま生活は続いていくのか……。 どれほどそばにいても誰ともわかりあえない孤独は、一人でいる孤独よりも切実だ。そんな孤独の逃げ道になる一冊。
2019年度ブッカー賞受賞作のバーナディン・エヴァリスト『少女、女、ほか』。時代も背景も違う12人の女性たちが登場する。生活苦や人種差別に苦しむ女、幼い時にレイプされた女、父親を知らぬ子どもたちを育てる女、人には言えない事情を抱えながら、懸命に生きる女性たちのセリフと地の文が一体となり、句点なしで進む。暗いエピソードも悲観的ではなく、ユーモアとアイロニーを交えてテンポよく語られ、エンディングは大舞台を観た後のように心満たされた。