日本ミステリー文学大賞やハヤカワSFコンテスト、日経小説大賞など9作品を紹介(レビュー)
光文三賞の、日本ミステリー文学大賞新人賞も警察小説であった。斎堂琴湖の『燃える氷華』(光文社)だ。主人公は、埼玉県の大宮署の蝶野未希警部補。十七年前に息子の遥希が廃工場の冷蔵庫に閉じ込められて死亡。犯人は捕まっていない。少し壊れた心を抱えながら、息子の死の真相がつかめるかもしれないと思い、刑事にしがみついている。なお、別居中の夫の町岡隼人は、現在、大宮西署の交通課に勤務している。また、埼玉県警の宇月朋之は、昔から隼人と仲がよく、未希には好意を抱いているようだ。 ある日、非番で大宮駅に来た未希は、東口のロータリーで車の爆破事件に遭遇。被害者は、かつて遥希の葬儀を執り行った葬儀社の社員だった。さらに爆破にドライアイスが使われていたことから、滝坂有砂警部の追っている連続殺人と繋がっている可能性が浮上する。葬儀社でバイトをしていた大学生のハルに、なぜか付きまとわれながら捜査を進める未希は、やがて苦い真実に到達するのだった。 全体的な事件の構図はかなり複雑であり、それを破綻なくまとめた手腕が素晴らしい。息子の死の真相にこだわり続ける五十一歳の女性刑事という設定も、物語に独自の陰影を与えていた。ついでにいうと、大宮駅及びその周辺が何度も出てくるが、実に的確に描けている。埼玉県在住で、よく大宮駅の周りで遊んでいる私がいうのだから間違いない。作者も埼玉在住ということで大宮に馴染みがあるのだろうが、優れた観察力と表現力は作家としての才能だ。これからが楽しみな新人である。
さて、以後も新人のデビュー作を紹介しよう。饗庭淵の『対怪異アンドロイド開発研究室』(KADOKAWA)は、ネットの小説投稿サイト「カクヨム」主催の、第八回カクヨムWeb小説コンテスト〈ホラー部門〉特別賞受賞作だ。うん、たしかに内容はホラーである。しかし個人的にはホラーSFといいたい。なぜなら登場する、自律汎用AIを有するアンドロイドの“アリサ”が、SF的な魅力に満ちているのだ。 近城大学で「対怪異アンドロイド開発研究室」を率いる白川有栖教授が作ったアリサは、祟りも呪いも受けず、恐怖心も持っていない。ある理由で怪異を追う教授の命を受け、「異界」と化した廃村・電車・雑居ビルなどに乗り込んでいく。とにかく教授の命令優先なので、どんな危険がある場所でも突っ込んでいく。最大のピンチはバッテリー切れだ。このアリサの描写が、緻密かつリアルで、自律汎用AIを搭載したアンドロイドやロボットとは、このようなものかと思わせる。微妙にポンコツなところも可愛い。作者、分かっているなあ。 ところがアリサの能力を以てしても、怪異に立ち向かうのは困難である。SFとホラーのぶつかり合いにより、理解できない怪異の恐ろしさが引き立つのだ。さらにストーリー展開の巧さも見逃せない。連作風に進んでいく物語は、研究室がさまざまな調査を依頼している探偵の谷澤宏一の出てくる「共死蟲惑」で、一気に怪異との距離が縮まる。そして「餐街雑居」で霊能力者の桶狭間信長(仮名)が登場し、アリサのモデルが判明。以後、読者の興味を惹くフックを幾つも作りながら、クライマックスへと向かっていくのだ。教授が怪異を調査する理由は最後の話で判明するが、物語はまだまだ続けられるようになっている。できれはシリーズ化してほしい。