なぜ、同じ仕事なのに「楽しんでいる人」と「つまらなそうな人」に分かれるのか?
毎日同じことの繰り返しに感じる仕事...。しかし、同じ仕事でも、人によって感じ方は大きく異なります。ある人は「単なる作業」と捉え、ある人は「大きな目標への貢献」と捉えます。仕事に「意味」を見つけることで、仕事に対するモチベーションは大きく変化するのです。書籍『AIが答えを出せない 問いの設定力』より解説します。 上司による「害のある」フィードバックの特徴 ※本稿は、鳥潟幸志著『AIが答えを出せない 問いの設定力』(クロスメディア・パブリッシング)より、内容を一部抜粋・編集したものです。
「自分らしさ」に沿って生きるとは何か?
皆さんは、「自分らしさに沿って生きることができているか?」と問われた場合、どのような答えが頭に思い浮かぶでしょうか? ・プライベートの場では「自分らしく」いられるけど、仕事の場ではそうではない ・「自分らしく」いられる日もあれば、誰かに流されて1日が過ぎてしまう日がある ・そもそも、「自分らしさ」が分からず曖昧な感じがする これらは、私(鳥潟)がビジネススクールの学生や、仕事の同僚・メンバーに質問をした際にいただいた反応の代表例です。近年は、自分らしく・自分軸・自分の価値観・自己尊重など、自分や自己という言葉が含まれた内容を多数目にします。 実際に、過去数年のメディアでは、自分・自己をテーマにしたタイトルが増えているように感じます。この自己の尊重や「自分らしさ」の追求という流れは、以前から存在していたのでしょうか。少しだけ歴史を俯瞰して確認してみたいと思います。 農耕型社会をベースとする日本では、集団生活・規範が重要視されてきました。国土が狭く、資源が限られている中で、自然というコントロールできない対象を相手に生きていくためには、人間が寄り集まって規律を大切に生活する必要があったのが理由と言われています。 江戸時代には士農工商という身分の区分けが設けられて、それぞれの役割を全うすることが美徳とされてきました。明治維新を経て身分制度はなくなりましたが、20世紀にはいり、会社員の割合が増えていく中で、個人の意見は押し殺してでも、会社組織のために尽くすことがよしとされる文化が強まりました。 このような状態を滅私奉公と表現し、会社員としてのあるべき姿とされてきた側面もあると思います。個人が会社に深く・長くコミットする代わりに、会社側も社員が定年退職する時まで責任を持って雇用する、そのようなバランスが保たれていました。 このように、日本社会では長い歴史の中で「自分」よりも、「組織」や「社会」、「集団」を重要視する傾向にあったと言えます。 それでは、現在はどうなのでしょうか。例えば、就業という視点で見れば、厚生労働省のデータによると、「より良い条件の仕事を探すため」に転職を希望する社会人は2019年時点で127万人と、2002年以降で過去最多の伸びを示しています。 また、新人が会社を選ぶ際の理由についても変化がみられます。株式会社学情が2023年に発表した調査結果では、就職活動において「自分自身が成長できそうか」を重視する学生が9割に迫っています。「終身雇用が当たり前ではないので、成長し続けることが必要だと思う」という声が多数寄せられたようです。 もちろん、これまでのように組織・集団・社会を重視する文化は依然として残っていますが、個人を重視する価値観が近年急速に高まっているとも言えるのではないでしょうか。