「問えるのは欲望がある人間だけなんです」AI開発、シリコンバレーの最前線で今起きていること
「問い」をつくれるのは欲望をもつ人間だけ
孫 まさにそうで、あとAIではできないことが「問いをつくること」。生成AIがどういう原理で成り立っているかを勉強するとすぐにわかりますが、端的にいうとAIは人類が使ってきた言葉の集合知です。だからAIを別次元のミステリアスな存在に思う必要は全くなくて、AIに私たちが「知」を加えていけばもっともっと素敵な集合知が生まれます。ただしこの集合知は、自分から問いを立てることはできない。 問いは、個人的なモチベーションや好奇心からしか生まれないからです。集合知は好奇心をもっていない。 小西 なるほどね! 孫 たとえばAIから「こけない階段をどうつくるか」という問いは生まれません。それは階段でこけて痛い思いをしたことのある人だけがなんとかしたいと思う欲望です。もちろん、問いを入力して、もっと細かい問いに分解してバリエーションをつくることはAIもできますが、起点となる問いはこの先どんなに進化しようが原理的にAIからは出てきません。問えるのは、欲望をもつ人間だけなんです。
「間違い」も含めて魅力的な問いを設定できるか?
小西 いまものすごく根源的な話が出ましたが、日本の教育システムは、あらかじめ問いが立てられていて、決められた正解に向かっていかに早いプロセスで解答するかばかりを訓練します。でも泰蔵さんの本にもありましたが、効率性を重視した近代の教育システムは、産業社会の台頭とともに出来てきた一つの方式に過ぎない。 でもいまは、決まった問いと決まった正解を解く力よりも、「そもそもこの事業を通して本当にやりたいことってなに?」と前提を疑って新しい問いを立てる力や、正解のない世界で、自分なりの答えを出す力です。 孫 今まではAIがなかったから日本の教育システムでもよかったかもしれないけど、お決まりの問題とそこに対する正解に最短でたどりつく効率性で競っても、AIにはかなわないんです。むしろ「間違い」も含めて魅力的な問いを設定できるのが人間の強みだと思う。 ひとつ面白い事例があって、知り合いに「注文を間違える料理店」というのをやっている方がいます。これは認知症状態の高齢者や若年性認知症の方がホールスタッフを務めるイベント型のレストランなんですが、ここではみんな認知症だから、オムライスを注文しても、コーヒーセットが出てきたりする(笑)。そういう間違いも含めて楽しんでくださいねと、「価値を逆転」させているコンセプトです。 認知症の方々も社会的に包摂されるような優しい空間をつくりたいという思いから生まれた企画ですが、「間違った注文をしても楽しめるレストランってなんだろう?」というAIでは絶対に考えつかない発想がここにはあると思う。 小西 そのアイデアも素晴らしいし、常識的に考えたら「注文を間違える料理店」って、実現するのにものすごくハードルが高かったと思うんですよね。普通オーダーを間違えたら作り直しですから。 絶対にいいと思うからこれを実現したいという、バカなくらいの情熱がないとこういう新しいアイデアは具現化できないと思う。やっばり好きであってこそ、壁を突破できますから。 孫 そうですよ。“間違っているけど面白い未来”って人間にしか作れない。そしてこれからは新しい問いをつくるアイデアの力がどんな職種・業種の人にも必要になってくると思います。 小西 新著『すごい思考ツール』には、どんな人にも使いやすい形で、アイデアを生みだすためのスキルを凝縮しましたが、AI時代にこそ、みんなでワクワクする人間的な未来をつくりたいですね。 孫 この本、小西さんの全部が詰まっていて、ビートルズでいうなら“ホワイト・アルバム”のような集大成ですよ! 小西 ありがとうございます。今日は非常にスリリングな話になり楽しかったです。 孫 こちらこそありがとうございました!
小西 利行,孫 泰蔵/ライフスタイル出版