競馬界の〝しくじり先生〟西田雄一郎調教師が「スマホでの騎乗停止」相次ぐ若手騎手、競馬界に提言!
デビュー4年目の98年にJRA29勝を挙げ若手のホープとしての地位を築きながら、同年に起こした道路交通法違反(スピード違反)がもとで、翌99年に騎手免許を自主返納。5年間の牧場勤務の後に免許を再取得し、20年に“2度目”の騎手引退から転身した西田雄一郎・現調教師(美浦=50)。若手騎手のスマホ使用による騎乗停止などが相次いだ今年、自身の不祥事から見事立ち直り軌道修正した競馬界の“しくじり先生”が、時代の変化の象徴ともいえる昨今の若手騎手へ、そして競馬界の未来に向けて提言する。 (聞き手・立川敬太) 【写真】騎手時代から「ピカピカ」だった! ――事件の経緯を教えてください 西田調教師(以下、西田)新潟競馬の滞在中でした。オービスで169キロ。自動車専用道路でしたが、制限速度が60キロでしたから109キロのオーバー。ワゴン車(※かつては“移動オービス”と呼ばれる、ワンボックスカーなどに搭載して取り締まるオービスが存在。現在は終了)から撮られて。(警察署への)出頭を拒否したという噂が出回りましたが、拒否したことは一回もないです。ただ、出頭するまでの間にもう一回捕まってしまって…。高速で20キロオーバー。こうした事実を(JRA)公正室に伝えて、起訴されると土浦の検察庁(※水戸地方検察庁土浦支部)で言われたので、裁判が始まった過程で騎乗停止。裁判の結果が出るまでですね。期間はありませんでした(※当時のJRA処分は裁定委員会の議定があるまでの騎乗停止)。 ――自主返納の決断に至った 西田 反省の意味を込めてです。それ以前にもスピード違反を複数回やっていたので、常習性があるということで起訴されました。起訴されるということは罰金刑では済まず懲役刑になる。裁判だけではないが、反省する意味で一度免許を返して、一から出直すつもりでいました。何とか罰金刑で収まればと、反省材料を示しながらですね。罪状認否としては(罪を)認めているわけなので、自分がいかに反省しているかを示す必要があった。車の免許は免停でしたが返します、仕事上も騎乗停止がかかっているが、騎乗停止はあくまでJRAからのペナルティーなんで、反省の意味を込めて一から出直しますと自ら騎手免許も返上しました。 ――その後は牧場で勤務 西田 ノーザンファームの山元トレセンです。当時は社台ファームとノーザンファームが分かれた後のころで。規程で5年は騎手試験を受けられない(※日本中央競馬会競馬施行規程46条3および9号に該当)ので、受かる、受からないかは先の話でしたが、受けることができるのは5年たってから。要するに自分で免許を返したけれども、結局は懲役刑を求刑されて、その判決(最終的に懲役4か月、執行猶予2年)が出れば、5年は(免許資格の)欠格人。失効して5年は取れないルールに当てはまる。もちろん、競馬の公正を害する内容であれば5年たとうが受けることはできません。その間、自分はノーザンファームで働いていると毎年JRAにも報告して、どこで何をしているのか分からない状況にはしないようにしました。 ――気持ちが切れそうになったことは 西田 もちろん、そういう時もありました。ただ、純粋に、馬という生き物を知らなかった。ジョッキーしかやっていなかったですから。若い馬はこうで、こういうことをしてはいけないとか、こうしなければいけないとか。あとは当然、裏方さんの苦労だとか、そこをしっかり経験して、積めたのは今の自分にとっての財産になっています。一緒に働いたノーザンファームの仲間だけでなく、山元だったので会社は違えど社台のスタッフとも交流できて、ジョッキーの時もそうでしたが、今となっては調教師としてつながりを持ちながらコミュニケーションが取れる。(競馬に乗る以外で)勉強になりました。 ――今年相次いだ若手騎手の不祥事 西田 自分もルールを破った人間、道路交通法を破った人間なんで。若さのせいにしてはいけないけど、若さとしての過ちが、多分みんな、若手の中で出てしまったんだと思う。だからいま一度、自分も言える立場かは分からないが、やはりファンであり、馬券を買ってくれる人がいてこそ競馬が成り立っているわけで、個人個人で、もちろんジョッキーは個人事業主であるけれど、ただその一人ひとりの行動によって、競馬そのものの信頼をなくす可能性がある。自分も一度は迷惑をかけてしまったことがあるので、そういうのを逆に勉強してもらって、いかにこの先未来永劫、競馬業界が繁栄していくかを考えていかないと。自分だけじゃなくて、馬を生産する、育成する方がいて、数多くの人が携わっている。 ――処分の軽重は 西田 処分に関しては僕がどうこう言えることではない。あくまで競馬会が決めることだし、ルール上(の決定)でいいんだと思います。今の時代、騒がれているように八百長とかいう話にもなるけど、パトロールがあるし、やればすぐに分かる世界だから、そういうのはないにしても、疑いをファンの人に持たれることがマイナス。スマホだけじゃなくて、競馬というコンテンツを買っていただいているわけだから、ユーザーが買うのをためらうようなことをしてしまえば当然馬券の売り上げも落ちる。来年、これからは騎手だけじゃなくて調教師も含めて、競馬に携わる人すべてが競馬に対するマイナスイメージを持たれないように、数ある娯楽の中で競馬を選択してもらえるようにやっていかなければならないと今年は痛感しました。 ――引退を決断した若手騎手もいた 西田 そこはもう、個人個人の考え。戻る気があるのかないのかは別として、そこに疑義がかかってしまうのは良くない。ペナルティーを強化(※JRAは一連の処分決定の後、調整ルーム入室時の手荷物検査や移動時のスマホ履歴、居室内の抜き打ち検査の実施など、新たな再発防止策を発表)するのもひとつかもしれないが、個人個人がいま一度自覚を持つことが大切。個人プレーではないので、業界全体を考えないと。極論を言えばこの世界がなくなってしまえばみんなが職を失う。これはもうサークル内だけでなく、生産界であったり、新聞社やメディアもそうだし、競馬会の人もそう。そういう信頼をなくさないように、今は売り上げがいいからこそ、そういう時だからこそしっかりしていかないと。これからまた売り上げが落ちていく時代が来た時に、そこからどうしようとあたふたするのではなくて、こういう時にいま一度、競馬というコンテンツの信頼度を見直すべきです。 ――復帰を目指す若手には 西田 自分は周りの人に助けられて、若い時の過ちであり間違いを修正してもらったので、そこは自分もこの先調教師として、ちゃんとしたところを見せていかないといけない。騎手の免許をもらって、調教師の免許ももらったという意味は、過ちを犯した人間がまた頑張り、立ち直るチャンスやきっかけをもらえる(前例になる)。そういう部分では自分が模範にならなければいけないし、自分も周りに助けられて戻ってこられたので、一度失敗してこの世界を離れたとしても、そういう人がまた方向修正できる社会であってほしい。(当事者は)あくまでも本人が心を入れ替えるとか、危機感を持ってやれるか。一生懸命やっている姿を見れば、自分としてはやれることをしてあげたいと思いますけど、あくまでもそれは本人の反省度。僕だけじゃなくて、周りも助けてあげようと思ってくれることをこれからしていかないといけない。一度失敗した自分だから言えることでもあります。
ミスター千直
☆にしだ・ゆういちろう 1974年10月14日生まれ、50歳。神奈川県横浜市出身。血液型はA型。92年JRA競馬学校騎手課程入学。95年に美浦・境征勝厩舎からデビュー。騎手成績はJRA224勝。2021年から調教師(22年3月開業)。騎手時代は“ミスター千直”としても親しまれ、重賞勝ちは96年七夕賞(サクラエイコウオー)のほか、ケイティラブ(10年)、ラインミーティア(17年)で2度アイビスサマーDを制覇。家族は妻と1男。趣味はライブ観賞。モットーは“感謝という言葉を大切に”。
立川 敬太