「ひとつの街が、というよりひとつの文明が引き受けるには、大きすぎる惨事」…別役実が被災地を歩いて構想した「神戸 わが街」を読み解く
スケール感
執筆前の2004年2月、別役は神戸の街を歩いた。諏訪山公園の夜景スポット「ビーナスブリッジ」、メリケンパーク、市内に点在する墓地……。どうすれば大震災を作品化できるか、葛藤も抱えていたのだろう。
終盤の舞台は墓地。進行係が5年前に起きた震災を〈ひとつの街が、というよりひとつの文明が引き受けるには、大きすぎる惨事〉と語る。墓地では死者たちが会話する。
女5 生きている人間というんはね、生きることに精一杯で、いちいちそのことに感動なんかしてられへんの…。
女4 ただ、もしそうした極く平凡な生活のひとつひとつが、考えてた以上に感動的なものやと知ったら、きっとみんな、今よりももっと生活することが楽しくなって…。
原作のエミリーにあたる女4は、男3と結婚後、不慮の事故で死んでいる。断ち切られた日常の尊さに死後気づく。ありふれた日常の豊かさは、作品を貫くテーマでもあった。
進行係 全天が、星におおわれております…。じっとしているように見えますが、あれでも何千年、何万年という単位でゆっくりと動いている…。そして、その動きを、死者たちだけが感じとっている…。
〈星々に覆われた虚空〉へ世界は広がる。吉村はそこに 俯瞰(ふかん)の視座をみる。「神の視点といってもいい。遠くから世界を見つめ、背後には宇宙がある。ラストでそのスケール感を表現したい」
ソーントン・ワイルダー「わが町」
1938年に米国で初演された。ワイルダーはこの作品で2度目のピュリツァー賞を受賞。世界各国で翻訳上演を重ねている。「グローバーズ・コーナーズ」に暮らす医師のギブズ家と新聞編集長のウェブ家を中心に住民たちの日常が描かれる。ギブズ家の長男ジョージとウェブ家の長女エミリーは恋に落ち、結婚。幸せな夫婦生活を送るが、エミリーは若くして死んでしまう。
別役実(べつやく・みのる)
1937~2020年、満州(現中国東北部)生まれ。早稲田大学在学中に演出家・鈴木忠志らと新劇団自由舞台(後の早稲田小劇場)を結成。劇作家サミュエル・ベケットの影響下に数多くの不条理劇を手がける。「マッチ売りの少女」「赤い鳥の居る風景」で1968年の岸田國士(くにお)戯曲賞。「諸国を遍歴する二人の騎士の物語」で88年の読売文学賞・戯曲賞受賞。日本劇作家協会会長、兵庫県立ピッコロ劇団代表を歴任。2012年、読売演劇大賞・芸術栄誉賞受賞。