「ひとつの街が、というよりひとつの文明が引き受けるには、大きすぎる惨事」…別役実が被災地を歩いて構想した「神戸 わが街」を読み解く
阪神大震災30年に合わせて来年2月、兵庫県立ピッコロ劇団が「神戸 わが街」を再演する。震災10年忌を前に、当時劇団代表を務めていた劇作家・別役実が被災地を歩いて構想し、2004年10月に初演した作品。米国演劇を代表する劇作家ソーントン・ワイルダーの「わが町」を原作に、鎮魂の祈りを込めて執筆した。初演に出演し、再演では演出を手がける劇団員の吉村祐樹とともに、戯曲を読み解き、別役の創作意図を探ってみたい。(編集委員 坂成美保) 【写真】2004年に初演された「神戸 わが街」=ピッコロ劇団提供
オマージュ
舞台やや下手寄りに電信柱が一本。上手に小さな箱庭のようなものがあり、そこにグローバーズ・コーナーズの街が出来ている。
「神戸 わが街」はシンプルなト書きで始まる。「グローバーズ・コーナーズ」とは「わが町」に登場する米国ニューハンプシャー州の架空の町。原作に 惹(ひ)かれ、オマージュを込めて、別役は潤色という形で書き換えた。わざわざ「箱庭」として町の模型を置いたのも、原作への敬意の表れだろう。
電信柱は別役戯曲にたびたび登場する。吉村は「電信柱はどこにでもある。観客が街路で目にする度、芝居の記憶を呼び起こす装置でもある」と解釈。再演では幕開き、出演者が柱を舞台に運んで立てるプランを練る。
物語の重要な役目を担う人物が「進行係」。吉村は「進行係は別役さんの分身のような存在」と考える。舞台にはおもちゃのレールが敷かれ、模型列車が走る。別役は模型列車に「死者の魂を運ぶ」という大きな役目を与えた。
進行係は箱庭の位置を〈北緯四十二度四十分、西経七十度三十七分〉と原作通りに説明。隣り合う二つの家の平穏な朝が始まる。
男1 ヨシオ、早くしろ…。
男3 はーい、今、行く…。
六甲山地の地層や地理が示され、男5の「神戸日報編集長」の肩書からも、物語の舞台が神戸であることがわかる。時間や場所の厳密な設定は原作に倣っている。別役は「特殊化すればするほど普遍化する」と考えた。