ARR341億円、楽楽精算のラクスが黒字経営を続けられる理由
追い風が吹くバックオフィス系SaaS市場のなかでも成長ぶりが際立つラクス。市場環境の変化を爆発的な成長につなげるための「備え」とは。 コロナ禍が働き方の変化を従来以上に加速させ、SaaS需要の裾野は拡大した。加えてインボイス制度のスタートや電子帳簿保存法の改正が、近年のバックオフィス向けビジネスアプリ市場に特需ともいえる追い風を生んだ。 良好な事業環境の恩恵を多くのベンダーが享受してきたなかで、SaaS商品群「楽楽シリーズ」を擁するラクスの成長ぶりは際立っている。2024年3月期の売上高は前年比40.2%増の384億円、営業利益は同235.7%増の55億円、第4四半期のARR(年間経常収益)は341億円で前年同期比46.8%という高い成長率を見せつけた。 特徴的なのは、黒字成長を長年継続してきた点だ。10年代半ば以降に台頭した多くのSaaSベンダーは「定石」どおりに、投資家から資金を集め、赤字を許容してサービス開発やマーケティングへの投資を優先しながらトップラインの急成長を実現した。ラクスの経営姿勢はそうした潮流とは明らかに一線を画している。 創業者で代表取締役社長の中村崇則は「キャッシュフローをしっかり出しながら成長していくのが好みなだけ」と話すが、その価値観には創業以来経験してきた紆余曲折が反映されている。 ラクスの設立は00年までさかのぼる。ITエンジニアスクール事業から始めたが、「早い段階で限界が見えた」という。市場が限定的だったからだ。継続的な成長には市場規模の大きさが重要という教訓を得て、IT人材派遣、そしてSaaSに事業をピボットしていった。 現在の主力製品である楽楽シリーズは、08年リリースの販売管理システム「楽楽販売」が嚆矢となり、09年には後に看板製品に成長する「楽楽精算」も登場した。しかしSaaSは黎明期。当初は「月に1件売れるかどうか」だった。我慢できたのは、自分たちの強みを発揮できるより大きな市場と見定めたからだ。「米国では複数のSaaSで業務を回すやり方が定着しつつあり、市場が急拡大していました。いずれ日本もそうなると賭けたんです」 リスクは取ったが、常に「備え」を重視してきた。IT人材派遣や、先行して投入した統合メールサポートシステムは黒字だったため、その利益で楽楽シリーズの赤字をカバーしつつ、成長への布石を打った。10年代前半には、成長を加速させるため米国進出を試みたが、強力な競合も多く勝ち抜くのは難しいと判断して早々に撤退し、リソースを日本に集中させた。必要な投資を自力で賄うことで、勝ち筋を柔軟に都度再構築してきたのだ。 ■松下幸之助に通じる経営スタイル 「松下幸之助の『ダム経営』(経営資源に一定の余裕を常にもたせる経営手法)みたいなもので、経営スタイルとしてはちょっと古い世代に近い気はしますけど、ネットバブルの崩壊やリーマン・ショックを見てきて、(事業環境が)いいときよりも悪いときを基準に考えるところがある。市場の流れを読んだと思ってもその通りにいかないことのほうが多いですから、常にプランB、プランCは考えておかないといけないし、それを迅速に実行できる経営を意識してきました」