アメリカは「制度のアップデート」が必要だ――ハーバード大学の有名教授に踏み込んだ発言をさせる危機感
共和党を含む超党派の合意が不可欠
現行の制度が抱える問題がかなりの程度明らかであり、代替案についてもイメージができている、しかし制度変更へのハードルは極めて高い。このような状況は、アメリカに限らず、日本も含めて世界中で観察されることだ。著者たちは、当然その状況を理解しながら、来るべき制度とそれを動かすための規範を説く。評者が翻訳に参加したベン・アンセル『政治はなぜ失敗するのか』(飛鳥新社、2024年)などとも共通するが、どのような個人であるべきかについて規範を説いてきた過去の政治学者たちに対して、制度とそれを動かすための規範について論じるというのは、現代の比較政治学者の流儀ということになるのだろう。 そのように制度改革については控えめである本書も、現代のアメリカ政治に対するスタンスは極めて明確だ。多民族主義的な政党であろうとすることを放棄し、今後さらに少数になっていくことが明確な白人の怒りに依存し続ける共和党を舌鋒鋭く批判する。しかし、共和党を反民主主義的な性格を持つ政党として批判することと、民主主義制度の将来的な改革への期待はやや二律背反的ではある。民主主義制度の改革には、一つの政党が党派的に行うものではなく、超党派的な合意のもとに、新たな規範を埋め込むことが不可欠だ。二大政党の一つが「反民主主義的」であるとしたら、そのような合意はとてもではないが覚束ない。本書の最後に若年層への期待について触れられているように、制度によって共和党を変えるのではなく、変わった共和党が更なる未来の民主主義を守るために制度を変えるほかないのである。 それでは共和党は――あるいは怒れる白人は――変わるのだろうか。本書が分析している通り、少数派であってもその主張を貫徹できるのであれば、なかなか変わろうとはしないだろう。それでも変化を期待するとすれば、改めて民主主義の価値を多くの人々が認識するしかない。自らの利益や地位を守るための合理的な行動が分断を促すのだとすれば、そのような価値の再認識を促すものは、人々の行動のフレームワークを変えるナラティブしかないのかもしれない。現実の政治もそれを分析する政治学にも行き詰まりの感が強いことの裏返しだが、それを打開する期待を将来世代だけに負わせるわけにはいかないだろう。現に行き詰まっている我々が、行き詰まりを認めてどのように行動するかが問われている。 ◎砂原庸介(すなはら・ようすけ)1978年大阪生れ。2001年東京大学教養学部卒業、2006年東京大学大学院総合文化研究科博士後期課程単位取得退学。現在神戸大学大学院法学研究科教授。博士(学術)。著書にサントリー学芸書を受賞した『大阪――大都市は国家を超えるか』 (中公新書)のほか、『地方政府の民主主義』(有斐閣)、『分裂と統合の日本政治──統治機構改革と政党システムの変容』(千倉書房)、『新築がお好きですか? ──日本における住宅と政治』(ミネルヴァ書房)『領域を超えない民主主義』(東京大学出版会)などがある。 ◎スティーブン・レビツキー Levitsky,Steven米ハーバード大学政治学教授。ラテンアメリカと発展途上国を対象に、民主主義の崩壊過程を研究している。米トランプ政権誕生後に出版された共著『民主主義の死に方』が世界的ベストセラーとなる。 ◎ダニエル・ジブラット Ziblatt,Daniel米ハーバード大学政治学教授。19世紀から現在までのヨーロッパを対象に、民主主義の崩壊過程を研究している。米トランプ政権誕生後に出版された共著『民主主義の死に方』が世界的ベストセラーとなる。
砂原庸介