「ハイデガーを読むのはやめなさい!」とマルクス・ガブリエルが日本人に警告したにもかかわらず、私たちがハイデガーを読むべき理由
マルクス・ガブリエルが日本人に呼びかけたこと
そうしたドイツの状況と比べると、日本ではハイデガー研究はほとんど異例なほどに盛んである。そもそも本書のような入門書の需要が見込まれるぐらい、研究者以外の読者の関心も高い。 もちろん日本でも「ハイデガーはナチだから、彼の哲学をまじめに取り合う必要はない」と言われることがまったくないというわけではない。しかしそれでも、そのような決めつけがドイツのように研究そのものを抑圧するような状況にはなっていない。 ドイツ人からすると、こうした日本の状況はあまりにも生ぬるく見えるらしい。近年、日本でもなぜかもてはやされている現代ドイツの哲学者マルクス・ガブリエル(1980ー)は、中国哲学研究者の中島隆博との対談を収録した『全体主義の克服』(集英社新書、2020年)で、ハイデガーを「筋金入りの反ユダヤ主義信者」、「完璧なまでのナチのイデオローグ」、「本物のナチ」などとさんざんこき下ろしたうえで、次のように述べている。 「だから2018年に京都大学で講演をしたとき、『ハイデガーを読むのはやめなさい! 』と言ったのです。わたしは人々の眼を覚ましたかった。ハイデガーが日本でとても力をもっていることは知っています」(同書、101頁)。 このようにドイツの著名な哲学者が日本人に向けて、ハイデガーなど相手にするなという親身な勧告をしてくれている。こうした勧告に対して、私が本書(『ハイデガーの哲学 『存在と時間』から後期の思索まで』)をとおしてあえて主張したいのは、それでもわれわれはハイデガーを読むべきだということである。 とはいえ、こう主張することで、私はハイデガーの思想的業績をナチス加担とは切り離して扱うべきだと言いたいわけではない。むしろナチスへの積極的な関与は、彼の哲学に全面的に基づいたものであった。 *
轟 孝夫(防衛大学校教授)