<紅い眼鏡>押井守監督の初実写映画 4Kレストアのクラウドファンディング 2日で達成
当時としても低予算でー粗大ゴミ置き場から回収した材料でセットを組むしかなかったような、しかもモノクロ作品である「紅い眼鏡」を、なぜいまリマスターするのか? 作品の評価は置くとして、その意義を技術的側面から説明したいと思います。「紅い眼鏡」をモノクロ作品として仕上げたいと考えた理由は、決して低予算だったからではありませんし、監督の趣味でそうなったという訳でもありません(それもありますが)。当時でもモノクロフィルムの入手はすでに困難であり、まして長編劇映画の撮影に必須でもあるフィルムのロットナンバーを揃えるという作業は困難を極めました。入手可能だったネガフィルムの絶対量には限界があり、撮影にあたってはカメラ内に残った十数秒分の端尺といえども無駄なく使用するために大切に保管され、撮影部の大きな負担にもなっていました。そこまでして、なぜモノクロフィルムに拘ったかといえば、それは一にも二にも 「紅い眼鏡」という作品にとって何より重要な「紅」という色を演出的に際立たせるー色彩設計を極限まで重要な演出要素として確保したかったからに他なりません。全編モノクロームの無彩色の世界の中で、夢とも幻ともいえるような鮮やかさで浮かび上がる「紅」の色彩は、この作品がどうしても獲得しなければならない色であり、すべての演出方針はこの獲得目標に向けて決定されなければならなかったからなのです。紅一という主人公の名前も、幻影の紅い少女(赤頭巾)も、あの黑い動甲冑の暗闇に輝く電子眼の紅い色も、全てはその「紅」に向けて収斂すべき伏線だったのです。まあ撮影中の思いつきだったりもしますが。
当時はデジタルなどという結構な手段は存在しませんから、ラストシーンでモノクロの世界から鮮やかに浮かび上がる「紅い少女」の色彩をワンカット内で実現するために、カメラマンの間宮さんと知恵を絞りました。その結論が「モノクロネガフィルムで撮影し、それをカラーポジに焼き付けることで、カラーフィルムの世界に擬似的にモノクロの世界を出現させる」という方法でした。この方法は副産物として、モノクロの柔和なトーンに微妙な粒状を加えて、伝統的な邦画の世界の情緒的な映像と一線を画す、という効果を上げることも可能としたのです。ご存知でしたか? 実はそうだったんです。この疑似モノクロ映画はネガフィルムを確保するために奔走し、ラボでのオプティカルテストを繰り返し、映像のキレを担保するためにズームレンズの多用による現場の効率化を退けて敢えてレンズ交換を繰り返し……オカネはなかったけど手間暇だけはふんだんにかけて制作した映画だったのです。いやあ、本当に大変だったなあ、といっても苦労したのはスタッフだけで、監督である僕自身は初めての実写映画の現場を堪能しただけなんですけど。この疑似モノクロ映画の微妙な色彩の体験は、本来はオリジナルプリントの上映によってしか実感できないのですが、もし現在の技術でリマスターできるのであれば、DVD や LD でしか鑑賞できなかった方々や、遠い記憶の彼方にあるスクリーン体験を蘇らせたいという物好きな方々に、新たな映像体験を提供できるのではないかー。それは呪われた映画を撮って、本人も呪われた監督になってしまったオシイ個人のささやかな願望でもあります。