NYタイムズの酷評を超えた 和太鼓ソリスト林英哲が語る「美しい誤解」
あえてしてきた「日本の伝統をぶち壊す演奏スタイル」をニューヨークタイムズが酷評
その革新性を物語るエピソードの一つに、グループ時代のブロードウェー出演がある。2000名を超えるキャパシティのビーコンシアターで観客の反応は上々、ロングランへの期待もあったのだが、ある劇評のために2週間で打ち切りになったのだ。 「そう、ニューヨークタイムズが酷評しましてね。日本の伝統芸能はパワーを内に込めて表に出さない形式なのに、それを全部ぶち壊している……と、非常に悪い書き方でね。完全にメガネ違いなんです。アマチュアともプロともつかないような人たちが、伝統芸能を保存しようとやっている保存会的なものとか、あるいはフジヤマ、ゲイシャみたいなイメージ、そういうものが日本の芸能だと思われていた。われわれはそういうイメージをぶち壊そうということで、始まっていたんです。舞台の上できちんとやるという太鼓芸能の形態は、実は郷土芸能のなかには一つもなかった。舞台で、有料で見せるような太鼓の打ち方は、日本のどこの伝統芸能の中にもなかったんです」 酷評は、類例のないものをつくっていた証でもある。いまや、林が生み出した奏法を真似て演奏活動をしているグループや奏者がずいぶん増えたという。 「80年代にビデオテープが家庭に普及したでしょう。みんなビデオでテレビや舞台を録って、見よう見真似でいろんなことをやるようになった。プロが形にしたものを真似ただけなのに、あたかも昔からやってきたように伝統芸能と名乗る人たちまで出てきた。太鼓が売れて企業として大きくなった太鼓屋さんも、見よう見真似の人だろうがプロだろうが、太鼓が盛んになってくれればなんでもいいからとりあえずバックアップする。外側からみると、どんな素性なのか誰もわからない」
そんな状況のなか、終始一貫して我が道をゆく林。故・森繁久彌、北大路欣也、仲井戸麗市をはじめ、実は日本の芸能界にも熱心なファンは少なくない。 「森繁さんは最晩年までずっと公演にきてくださいました。だけど、『よくあなたの話を周りにするんだけどね、誰も知らないんだよ』と(笑)。多くの人たちにとってはいまだ、太鼓といえば、ふんどし一本でドンドコドンドン……この感じが変わることはずーっとないんだなって。恨みつらみじゃないんです。それは悪気ではないし、美しい誤解ですよ。でもそこが結局、なにも解消されないってことなんです」 今年ソロ活動35周年を迎え、10月13日には記念コンサートが控える。孤高のソリスト・林英哲に、一人でも多くの人に会ってほしい。美しい誤解を、美しい理解へ変えるために。 (取材・文・撮影:志和浩司) ■林英哲・独奏35周年メモリアル・コンサート 「あしたの太鼓打ちへ」■ 新垣隆がDUO演奏版「死と乙女」でゲストとして共演 日 時:2017年10月13日(金) 開場:18:00 開演:18:30 会 場 サントリーホール 大ホール 料 金:S席8000円 / A席6000円(全席指定・税込み) ※チケットの一般販売は7月8日(土)AM10時から