「経営していないのに、なぜ経営がわかるの?」 経営学者の回答は
学者は経営ができるのか
学者が経営できるのかについて、いくつか例を挙げたい。坂本藤良という人がいた。東大経済学部出身。歴史的にみて、おそらく初めて経営学者として世間に名を知らしめた人物である。1958年に出版した『経営学入門』という本が大ヒットして、テレビや講演に多数出演。大物経営者たち、たとえばホンダの本田宗一郎、ソニーの井深大、東芝の土光敏夫らと対談したりもしたらしい。 ベストセラー作家という以外に、坂本を有名にした事件がある。実家の製薬会社を倒産させたのである。経営学者が経営できないのか、と非難ごうごうだったようだ。坂本がタフなのは、後に自身の経験をもとに『倒産学』という本に著したことだ。逃げずに本にまとめたという点では、ある意味誠実な気はする。 もう一つ例を挙げたい。森泰吉郎という人物をご存じだろうか。六本木ヒルズなどを所有する「森ビル」の創業者が経営学者だと言った方が、インパクトがあるだろうか。 森泰吉郎は、名門・横浜市立大の商学部長まで務めた学者だった。専門は経営史。学部長を務めるというのは周りの信頼がないとできない。ひとかどの学者だったということである。森は55歳での退職後に不動産業に専念し、今の森ビルに繫がる地盤を一代で、しかも定年後に築き上げた。対比するなら、坂本は経営者として明確な失敗例で、森は成功例である。双方とも学者としてある程度評価されていることは共通している。 また分野は違えど、世界一有名であろう「学者が経営した企業」の例も出しておきたい。ノーベル経済学賞受賞者であるマイロン・ショールズとロバート・マートンが取締役に加入していたLTCM(ロングターム・キャピタル・マネジメント)である。ショールズとマートンは金融工学という分野を開拓した先駆者であり、LTCMはいわゆるヘッジファンドのはしりであった。最先端の学術理論を実務に応用したのだ。 LTCMは創業当初は、順調に利益を上げていく。科学を現実に応用すれば、それは巨額の富に繫がる…という話だけならよかったのだが、その後LTCMは巨額の負債を抱えて破綻する。ノーベル賞学者(が加わった経営陣)すら、経営に大失敗したわけである。