集英社、講談社、小学館、それぞれの戦略とは? 「週刊東洋経済」特集に見る漫画出版の戦国時代
「週刊東洋経済」の2024年7月13日号が漫画好きやアニメファンの間で話題だ。「アニメ・エンタメ帝国の覇者 集英社、講談社、小学館の野望」という特集を組んで、それぞれの出版社が繰り広げている漫画を核にアニメやゲームと言った分野にも事業を広げ、世界を狙う戦略を見せてくれているからだ。そこからは、出版の世界で今なにが起こっているのか、これから何が起こりそうなのか、どのような課題があるのかが伺える。 113万部。一般社団法人日本雑誌紹介が発表している2024年1月から3月の1号あたりの平均部数で、集英社が出している「週刊少年ジャンプ」の印刷証明付き発行部数に当たる数字だ。1995年3・4号で653万部という空前の発行部数を記録したバケモノ級の漫画誌も、紙に限れば5分の1以下にまで落ち込んでいる。 だったら「週刊少年ジャンプ」に影響力はないかというと、実情はまったく逆だ。尾田栄一郎『ONE PIECE』はNetflixでの実写ドラマが世界的に好評で、TVアニメも現在放送中のものに加え最初から作り直す『ONE PIECE』の制作も決まっている。堀越耕平『僕のヒーローアカデミア』はTVアニメの第7期が放送中の上に、劇場版新作『僕のヒーローアカデミア THE MOVIE ユアネクスト』が8月2日に公開される。7月6日からは松井優征『逃げ上手の若君』のTVアニメもスタートした。 鈴木祐斗『SAKAMOTO DAYS』のアニメ化も決まって、芥見下々『呪術廻戦』や藤本タツキ『チェンソーマン』のヒットに続こうとしている。「週刊東洋経済」の特集でも、「週刊少年ジャンプ」はそうしたメディア展開の多さを理由に、「エンタメ業界人に聞いた漫画雑誌のランク」で唯一、「S+」を半数以上から獲得する高い評価を受けている。113万部になってしまったといっても、34万5500部の「週刊少年マガジン」や14万3333部の「週刊少年サンデー」よりは多い。ネットで読む人も増えている状況で、強力な作品ラインアップを軸に強い存在感を保ち続けている。 ジャンプの名前を持った他の媒体も絶好調だ。漫画アプリ「少年ジャンプ+」からは遠藤達哉『SPY×FAMILY』が出ており、7月4日からはアンギャマンの連載作『ラーメン赤猫』のTVアニメも始まった。松本直也『怪獣8号』、みかわ絵子『忘却バッテリー』もTVアニメ化された。6月28日からは藤本タツキが読み切り作品として公開した『ルックバック』がアニメ映画として公開中。龍幸伸『ダンダダン』のアニメ化も決まっている。 そして、赤坂アカ×横槍メンゴ『【推しの子】』。TVアニメの第2期や実写映画といったメディア展開も進行中。ここに『鬼滅の刃』『BLEACH』『ハイキュー!』『キン肉マン』と連載終了作のアニメ展開もあって隙が無い。 「週刊東洋経済」の特集では、『ヒロアカ』『呪術』の連載が終わりに近づく中で、次の看板作品が生まれて来ていない状況を不安視する声があることが指摘されている。実際、今の連載陣で末永裕樹原作、馬上鷹将作画『あかね噺』に続きそうな勢いを持った作品を見つけづらい。『東京卍リベンジャーズ』の和久井健が移籍して始めた『願いのアストロ』も圧倒的といった状況にない。 だからこそ、集英社ではアニメ化に際して製作出資を行い、ただライセンスを供与するだけではなく、世界市場も視野に入れて膨らんでいくメディアミックス展開全体から利益を得ようとしている。森通治執行役員がインタビューに答えている集英社ゲームズの活動や、マンガダイブと名付けて作品の世界に最先端の技術で没入出来るようにした展覧会を開催した集英社XRの推進を通して、多方面から収益を得られるような体制作りを行っている。 講談社はどうか。特集によれば、創業家の出身で第7代目となる野間省伸社長をリーダーとして、電子出版やライツ事業を強力に推し進めて好調を維持しているようだ。作品的には金城宗幸原作、ノ村優介作画の『ブルーロック』が劇場アニメ化されてロングランを続けており、「小説家になろう」発で不二涼介によってコミカライズされた硬梨菜『シャングリラ・フロンティア~クソゲーハンター、神ゲーに挑まんとす~』も好調に連載が続き、TVアニメの第2期も制作が決まっている。 「月刊少年シリウス」では、伏瀬の原作を川上泰樹がコミカライズした『転生したらスライムだった件』が人気で第3期のTVアニメが放送中で、講談社も製作委員会に参加している。漫画配信サイト「マガジンポケット」から登場したにいさとる『WIND BREAKER』もTVアニメの第2期が決まる人気ぶり。集英社ほどではないが、漫画作品を核に積極展開していこうという姿勢は見て取れる。 講談社といえば1990年代半ばにも、マルチメディア事業局を立ち上げ、士郎正宗の漫画を原作にしたアニメ映画『GHOST IN THE SHELL/攻殻機動隊』を製作したことがあった。押井守監督の存在が世界に知られるきっかけになった作品で、日本のアニメが持つポテンシャルを証明した。時代がめぐって日本の漫画とアニメが世界で引っ張りだこになる中で、野間社長のリーダーシップでアニメやゲーム事業に積極的に関わっていくという講談社のこれからに、業界各社からの注目も集まっている。 社長と言えば、集英社にとっては親会社の小学館も2022年に就任した相賀信宏社長の手腕が注目されているようだ。特集によれば、VIZ Mediaという小学館や集英社の漫画やライトノベルを世界展開している会社でキャリアをスタートさせた相賀信宏社長は、高いモチベーションを持って経営に取り組み、3DアバターやAR(拡張現実)といった新機軸の事業にも意欲を見せているらしい。 「ジャンプ」勢のような超人気作がズラリと並ぶ状況ではない点は講談社と同じだが、山田鐘人原作、アベツカサ作画『葬送のフリーレン』の人気は世界的。何より映画の最新作『名探偵コナン 100万ドルの五稜星(みちしるべ)』が興行収入で過去最高の150億円に達した青山剛昌『名探偵コナン』があり、世代を超え国境も越えて人気の藤子・F・不二夫『ドラえもん』があってと超強力なタイトルが揃っている。 悲しい事態となった『セクシー田中さん』の問題が、新規のメディアミックスにどのような影響を与えるのかは不明だが、一方で青山剛昌の『YAIBA』や高橋留美子『らんま1/2』と言った往年の名作の再アニメ化が決まり、「週刊少年サンデー」連載作からも、ひらかわあや『帝乃三姉妹は案外、チョロい。』のアニメ化が決定した。「週刊少年サンデー」の連載には他にも、柳本光晴『龍と苺』や馬頭ゆずお『ロッカロック』など面白い漫画が並んでいる。こうした作品力を軸に、集英社のようなメディアミックス展開をどこまで仕掛けられるかで、講談社を挟み撃ちにするような局面も見られそうだ。 「週刊東洋経済」の特集では、強力なライトノベルを原作にメディアミックス展開を進めるKADOKAWAの戦略や、漫画部門を強化するマガジンハウスの取り組みなども紹介されている。漫画では最近、早川書房が「ハヤコミ」という名称で7月23日にコミックサイトを開設し、逢坂冬馬『同志少女よ、敵を撃て』やアガサ・クリスティー『そして誰もいなくなった』のコミカライズを掲載すると発表した。知名度がある刊行物なら漫画にすれば読んでもらえるといった判断で、成否によっては他の出版社にも動きが波及しそう。 そうした漫画出版の戦国時代において集英社、講談社、小学館はさらに先を行くのか。「週刊少年チャンピオン」の秋田書店や「まんがタイムきらら」の芳文社などもヒット作のアニメ化で追随していくのか。そうしたことを考えさせられる特集だったと言えそうだ。
タニグチリウイチ