悠仁さまの進学先は「初めから東大ありきではない」「海外も視野に」…秋篠宮さま(59)異例の“留学発言”の意味は
進路に関する発表〈幅広い視野を身に付けることを目指し〉
今年3月、宮内庁皇嗣職は悠仁さまの進路に関し、以下のように発表した。 〈ご自身が非常に関心をおもちのものの一つが自然誌で、昆虫などやそれらの生息環境の観察や調査をされたり、書物を調べられたり、専門家の話をきかれたりしながら、フィールドワークを行ってこられました。(略)ご自身が探求されたいことを更に学び、幅広い視野を身に付けることを目指し、ご関心のある分野を学ぶことができる大学への入学を目標に、熱心に勉学に励まれているようにお見受けいたします〉 前述の記者会見でも秋篠宮さまが触れたように、悠仁さまは自然誌に関心を持ち、大学では自然誌の分野を学び、さらに勉強を深めたいと考えているらしい。自然誌とは一般的に、自然界に存在する動物や植物、鉱物、天体、気象などについて総合的に研究する自然科学の一分野のことを指すが、漠然としていて何だか捉えどころがない。 私はそれよりも、後半の〈幅広い視野を身に付けることを目指し〉という箇所に注目したい。専門分野を究めるのは、大学院に進んでからでも遅くはない。大学時代は、幅広い教養や学問を身に付けてほしい。そして、何より大事なことは、外国や国内を見て回り、広い世界から自分や日本を見つめ直し、考えを深めてもらいたい――。秋篠宮さまは、このように願っているのではなかろうか。 昨年の誕生日会見でも、秋篠宮さまはこう述べていている。 「本人が何をしたいかということがやはり1番大事なのだと思います。そういうことができるような場所に行ってくれたらいいのではないかなと私は思います」 最終的には、悠仁さまが学びたい大学を、自分で決める。しかし、その前に、これまで紹介してきたような秋篠宮さまたちの意見を十分に聞き、それを尊重しながら、悠仁さまは自分の進路を慎重に決めて行くことになるだろう。
悠仁さまの成年式は高校卒業後に
悠仁さまは、2024年9月6日の誕生日で、18歳の成年を迎えた。民法の改正で成年が18歳に引き下げられたため、高校3年生の悠仁さまも成年皇族の仲間入りを果たした。しかし、宮内庁は「進学に向けての勉学に励まれる大切な時期」として成年式などを高校卒業後に持ち越すことを発表した。 来年、40年ぶりに行われる悠仁さまの成年式は、どのようなものとなるのだろうか。今から39年前、1985年11月30日の秋篠宮さま(当時は礼宮文仁親王)の成年式を振り返りながら確認してみよう。秋篠宮さまが20歳の誕生日を迎えた当日、皇居で荘厳な成年式が催された。 当時の報道によればこの日、秋篠宮さまは、皇居・宮殿「春秋の間」で「加冠の儀」に臨んだ。裾の長さが6メートルを超す、未成年者用の伝統的な装束「闕腋袍(けってきのほう)」を着て、頭には黒絹の額当て、手には笏(しゃく)を持っていた。秋篠宮さまの頭から侍従次長が黒絹の額当てを外し、成年用の燕尾纓(えんびのえい)が付いた冠を被せた。続いて、東宮侍従が、冠に掛緒(かけお)をかけて顎で結び、緒の両端をはさみで切り落としていった。 この後、成年用の伝統装束姿の秋篠宮さまは、2頭立ての儀装馬車に乗って宮中三殿へと赴き、参拝した。 続いて、正殿「松の間」では「朝見の儀」が行われた。昭和天皇の前に進んだ、燕尾服に着替えた秋篠宮さまは、「成年皇族としてのつとめを自覚し、勉学にいそしみご恩にお報い申し上げたく存じます」と、緊張しながら述べると、昭和天皇は、「ますます身を鍛え心をみがき、皇族の本分を尽くすことを希望します」と、励ました。 来年行われる悠仁さまの成年式もまた、父親のそれを踏襲した厳粛で、華やかな儀式となるだろう。 佳子さま(29)の結婚に「目立った動きは感じられない」秋篠宮ご夫妻を悩ませる小室眞子さんと圭さんの“影響” へ続く
江森 敬治