植田総裁の記者会見からの示唆-利上げのロジック
経済情勢の評価-米国リスク
植田総裁は緩やかな景気の拡大という見通しを維持したが、その根拠としては、家計所得や企業収益を取り巻く環境が当面は良好という見方であろう。今回の記者会見でより注目すべき点は、海外経済の先行き、なかでも米国に関する下方リスクを持ち出した点である。 本質的な理由は、足元の米国経済指標が芳しくないことであり、直前に開催されたFOMC後の記者会見でパウエル議長が米国経済の先行きに慎重な見方を示唆したことも影響しているとみられる。加えて、日銀の過去2回の金融政策の正常化が、いずれも米国経済の問題(ITバブルと住宅バブルの崩壊)によって頓挫したことのトラウマも関係しているのかもしれない。 その上で、この議論には、日銀が金融市場が不安定な下では利上げを行わないとの発信を行ったことへの批判に対する回答という意味合いも感じられる。 つまり、金融市場の不安定性の原因が米国経済の不透明性の上昇であるとすれば、日銀は、今後の利上げに際して米国経済の下方リスクによる日本への影響を総合的に考慮すると説明すれば、金融市場の動向に過度に振り回されている訳ではないと反論することが可能になる。
物価情勢の評価-インフレ期待
金融政策が経済に影響を及ぼす上で実質金利が重要である以上、インフレ期待をプラスに安定させることが前提となる。しかし、インフレ期待は直接観測できないほか、インフレ期待は長い目で見たインフレ率をベースに形成される(適応的期待形成)とすれば、インフレの基調が代理変数として参照されると理解することができる。 長らく低インフレが続いた日本ではインフレ期待も低位で推移してきた訳であり、これを相応にプラスの水準に押し上げるには、実績として相応に高いインフレ率が継続し、家計や企業、金融市場がインフレの基調が上昇したと認識する必要があった訳である。 昨年の前半に筆者も寄稿などで指摘したが、日銀がインフレ圧力が相応に上昇した後にも敢えて金融緩和を維持すること(高圧経済)は、そうした条件を整える上で有効であったとみられる。 一方で、インフレ期の基調が上昇したと認識されるには、それが、日銀の金融政策の成果によるものかどうかはあまり大きな問題ではないようにも感じる。 過去の経験によれば、輸入インフレのような供給要因は長続きせず、インフレ基調の認識に対する影響は小さかった。しかし今回は、長い目で見れば、東西対立や天候不順に加えて、企業の価格設定行動の変化もあって、供給側要因が相応に持続しうると考えられている可能性もある。 植田総裁は、物価上昇圧力の中心が「第二の力」にシフトしていくとの想定を確認し、それは金融政策だけでなく経済厚生の面でも望ましい。それでも、インフレ期待をプラスにアンカーさせるという30年に一度のチャンスを逃さないためには、インフレ基調を押し上げる力を総動員するのが望ましい。鄧小平元主席の表現を借りれば、「黒い猫でも白い猫でもネズミを捕るのが良い猫」ということだ。