「イスラエルでこんなにおいしい中華が」…もともとは自動車工場で働いていたベトナム人難民が中華料理店を開いた単純すぎるきっかけ
北米中華、キューバ中華、アルゼンチン中華、そして日本の町中華の味は?北極圏にある人口8万人にも満たないノルウェーの小さな町、アフリカ大陸の東に浮かぶ島国・マダガスカル、インド洋の小国・モーリシャス……。 世界の果てまで行っても、中国人経営の中華料理店はある。彼らはいつ、どのようにして、その地にたどりつき、なぜ、どのような思いで中華料理店を開いたのか? 【漫画】刑務官が明かす…死刑囚が執行時に「アイマスク」を着用する衝撃の理由 一国一城の主や料理人、家族、地元の華人コミュニティの姿を丹念にあぶり出した関卓中(著)・斎藤栄一郎(訳)の『地球上の中華料理店をめぐる冒険』。食を足がかりに、離散中国人の歴史的背景や状況、アイデンティティへの意識を浮き彫りにする話題作から、内容を抜粋して紹介する。 『地球上の中華料理店をめぐる冒険』連載第20回 『中国人なのにイスラエルのパスポート…イスラエル内の移民の拠点「ハイファ」のアラブ人街で中華料理店を営む男性との出会い』より続く
ティラピア
テーブルにやってきたウェイトレスは、風貌からして日本人女性だ。メニューを渡してくれたときに、日本語で挨拶すると驚いていた。 聞けば、横浜出身でイスラエル人と結婚してこちらにいるそうだ。まさに彼女の故郷にある高校に通っていたと伝えた。 「注文に迷ってますか」と言いながらウォンが近づいてきた。「今晩のスペシャルは、今朝ガリラヤ湖で取れたばかりのティラピア(マトウダイ)です」 ティラピアが英語でセントピーターズフィッシュと呼ばれているとは初耳だったが、言われてみればフランス語ではサンピエール(英語のセントピーターと同義)だ。 英国では「ジョン・ドリー」の別名もあり、香港ではドリーの音訳で「多利(ドーレイ)」と呼ばれている。
イスラエルの中華料理
料理を待っている間、ウォンが私たちのテーブルで話を聞かせてくれた。 「元々、レストランを開こうなどと思っていなかったんです。大変なのはわかっていましたし。それに、そんな腕はなかったですから」 難民仲間の多くは中華料理店で働き始めたが、ウォンはナザレにあるフォードの自動車工場で職を得た。 「すると、たくさんのイスラエル人から何か料理してくれと言われました。『俺たちと違って、君はどう見ても中国人。当然、料理もうまいんだろ?』と」 そこにティラピアが運ばれてきた。丸ごと一尾に小麦粉をまぶしてからサッと揚げ焼きしてカリッとした食感に仕上げ、生姜、青ネギ、酒、醤油のあんをかける。 いかにも食欲をそそる一品だ。広東料理の定番の味を受け継いでいて、油淋鶏の白身魚版といった味わいだ。 「イスラエルでこんなにおいしい中華が食べられるなんて思いもしなかった」 私は、先ほど目撃したトラボルタ風の船員と同じセリフを口にしていた。 そもそも私たち取材チームは3人とも味にうるさい。何しろ、日々の暮らしで食文化の比重が大きく、新鮮な食材をふんだんに使える香港と台湾で育った面々だ。 しかも、このティラピアが何とも立派な一尾ときている。
関 卓中、斎藤 栄一郎