女性ユーザーが「異世界ポルノ」にハマる理由、米出版業界で話題の「ロマンタジー」に迫る
従来の官能小説には触手が伸びなかったような人々にウケがいい
マース作品はシリーズが進むにつれてフェイラと仲間たちの暮らしのポルノ的側面が強調されるが、第2作『A Court Of Mist and Fury』あたりから主旨ががらりと変化する(この先はネタばれ注意)。考えてみてほしい、唸り声と暴力でフェイラを支配するタムリンはロマンティックと言えるだろうか? とんでもない! どこか怪しい(かつ魅力的な)悪役リーサントこそが、実はフェイラの真の恋人だということが判明する。作者のマースは、不死身の人間が前頭葉の未発達な人間と恋をするという興ざめな部分を一切排除し、代わりに「番(つがい)」というコンセプトを盛り込んだ。ファンタジーの世界で言うところの生物学的衝動によるソウルメイトだ。これでフェイラの愛は単なる夢物語ではなく、運命となるのだ。時空も、戦争も超越した無償の愛という概念は、多くのマース作品の屋台骨だ。そうした理由から、これまで無関係だと思われていたシリーズ作品が実はどれも壮大なマルチバース、もっといえばマーベルのような世界を構成していることが新シリーズ『Crescent City』で明らかになっても、まったく驚きではなかった。いよいよもって、「マサシンズ」と呼ばれるマースファンの時代が訪れている。 マースは出版界で一夜にして成功をつかんだと言われることが多いが、彼女がウケている大きな理由は、出版業界に長く携わっている点だ。シンデレラのおとぎ話をダークに描いたデビュー作『Throne of Glass』は、インディーズ小説サイトFictionPress.comで大絶賛された後、2012年にメジャー出版された。彼女の作品の大半はありきたりな物語や民話が舞台になるケースが多い――そのため、他のファンタジーでは興味をそがれる説明だらけの導入部をはしょって読んでも構わない。本を手にした瞬間から、おなじみの展開がずらずらっと続く。恐ろしい不死身の男が、主人公と恋に落ちてもなんら不思議ではない。戦争の影が忍び寄っても、最後には恋人たちが全員助かることは分かり切っている。その上さらに、戦場を潜り抜けた末にはハッピーエンドが待っている、というロマンス小説お決まりの現実逃避もてんこもりだ。男性作家の書いた人気ファンタジー作品ではめったにお目にかかれない、強く独立した女性の主人公もマース作品に欠かせない要素だ。そして最後に、ACOTARは従来の官能小説には触手が伸びなかったような人々にウケがいい。パッと見てすぐにそれとわかるマースの本を持ち歩くのは全く問題ないらしく、みな毎回欠かさず読んでいる。 マースは出版界の時の人となり、似たようなテーマと展開のロマンタジー欲求を生み出した。その一例がBookTokから火が付いた『Fourth Wing』で、戦時下の危険な軍隊学校を舞台に若いドラゴン使いと恐ろしい教師の恋物語を惜しみなく描いている。だがロマンタジーの台頭は意外でも何でもない。むしろ、出版界で昔から見られる流れの繰り返しに過ぎない。『トワイライト』シリーズが成功を収めてから数年間、出版界や映画TV業界は吸血鬼と狼男に独占された。スーザン・コリンズの『ハンガー・ゲームズ』シリーズはディストピア青春物語の先駆けだった。そして今マースが現れ、彫りの深いセクシーな人物が登場する濃密な絵巻物世界が現れた。以前にも似たようなものはあったし、おそらくこの先も出てくるだろう。インターネットが異世界ポルノ一色に染まったことに当惑しているなら、とりあえずはページをめくり、どんなものか自分で確かめてみるのが一番いいかもしれない。
CT JONES