グローバリズムの思想はどのようにして生まれたのか(レビュー)
今年の米大統領選は、トランプが再び台風の目となりそうである。そのトランプが目の敵にするのがグローバリズムだ。 グローバリズムとは、「経済に国境はない」とする考え方である。宇宙から地球を眺めれば国境線などないように、経済に国境線はあってはならない。政府は関税をかけて外国製品を排除すべきではないし、外国企業を閉め出すべきでもない。関税や資本規制を防ぐには、各国の努力だけに任せたのでは不十分だ。国際機関による監視や圧力によって国家主権に制約を加えることが、グローバル経済の繁栄に不可欠だと考える。 では、グローバリズムの思想はいつ、どのようにして生まれたのか。本書が注目するのは、第一次大戦後のウィーンである。ハプスブルク帝国の解体で、小国となったオーストリアが生き残るには、自由貿易しかない。資源や人口の多い大国が保護主義に向かうのを阻止することが、欧州全体の、ひいては世界全体の平和的な共存につながるというのが当時の経済学者の考え方だった。中でも重要なのが、後に世界的に有名となる、若き日のハイエクである。 ハイエクと言えば、一九八〇年代のサッチャー改革に影響を与えた市場主義の経済学者というイメージが一般的だが、本書が注目するのは、国際経済秩序の設計者としての顔である。二〇世紀は大衆民主主義の時代であり、民衆が生活の保障を求めて政府にさまざまな要求をする時代であった。関税や補助金政策などの保護貿易は、民衆の要求から生まれる。だから自由貿易を守るには、民主主義を制限しなければならない。そのためには国際的な「資本主義の憲法」が必要だ、というのがハイエクら経済自由主義者の共通認識だった。この考え方は、次世代の経済学者や法学者たちに受け継がれ、EU(欧州連合)やWTO(世界貿易機構)の設計に強い影響を及ぼすことになった。 グローバリズムが、欧州の小国で始まったという指摘は興味深い。日本でも「資源のない国が生き残るには貿易しかない」という考え方が広く見られる。一方、アメリカのような大国でトランプが出てくるのは、世界が分断しても生き残れるという自信の表れなのかもしれない。 トランプの一国主義は問題だが、国家主権や民主主義を制限すべきだとするグローバリズムにも欠陥はある。今の国際秩序の混乱がどこから来たのかを考える上で、グローバリズムの来歴を明らかにした本書は、有益な示唆を与えてくれるだろう。 [レビュアー]柴山桂太(京都大学准教授) しばやま・けいた1974年東京都生まれ。京都大学大学院人間・環境学研究科博士後期課程退学。滋賀大学経済学部准教授を経て現職。専門はイギリスを中心とした政治経済思想。 協力:新潮社 新潮社 週刊新潮 Book Bang編集部 新潮社
新潮社